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『人間失格』
太宰治が死の直前に描いた、「リバース・人間讃歌」

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この世が飴細工のように脆弱なものであろうとも、そこにうたかたの救済措置が存在するならば、十分、生に値しよう。逆に、それが儚いものでしかないと諦観した時、人は人であることに耐えがたくなる。もっとも「神」を求めたと云われる日本の近代小説家・太宰治が入水の直前に書き上げた小説『人間失格』(1948)は、人間の性をセキララに悲しみというフィルターを通して書き記した、すべての人への「リバース・人間讃歌」たる小説である。


人間失格』
集英社新書
定価:税込1470円
物語は、「私」がある陰鬱な手記を見るという構成から展開される、私小説を思わせる体裁が特徴的なもの。手記の内容は「今年二十七歳になるが、周囲からは四十歳以上に見られる男」の人生そのままである。その男は家政婦である老婆に性的に犯されながら療養生活を送っているが、彼が自分自身を「人間失格」と位置づけるまでにいたった、その道のりが三篇の手記により明かされてゆく。

その内容は語るに憂鬱そのものであり、恐らくひどく精神状態が落ち込んだ中で読むと、もう救いようが無い心象風景にいたるだろう。さて、それならば、一体この小説の何が現代にまでそのポピュラリティを維持させているのか、だ。ひと言で言うならば、不変的な人間の闇を的確に描いており、それが多数派の共鳴に通ずるからだ、ということになろう。

「恥の多い生涯を送って来ました」を冒頭とする手記は、人と違うことに恐怖を抱き、健全な社会生活を送れない男の存在・人生を淡々と独白する。そこには、感傷だけではない、人の心が持つ絶対的な孤独が克明に見えるのだ。

だがこの手記が、つまりは主観がいわゆる「真実」そのままではない。あなたが日記に書いたことが、あなたの主観であっても裏表ない真実ではないように。そこにこそ「救い」がある。人は、人としての心の外にも世界を持つ、多面性が我々を包むのだ、と。この小説の結末は、そう教えてくれるようだ。

もう一度言う。この世が飴細工のように脆弱なものであろうとも、そこにうたかたの救済措置が存在するならば、十分、生に値しよう。


作品情報

・作者:太宰治
・出版:株式会社筑摩書房(1948年)

・『人間失格』(青空文庫)







 

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