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『風立ちぬ』
堀辰雄が実体験を基に描く、美しさの意味を問う恋愛小説

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日本の古典的文学への回帰をこころみながら、同時に当時の西洋的幻想も取り込み、結果として日本の文学の新たな道を開拓したとされる文豪・堀辰雄。彼の作品群の中でも、近年極めて重要性が高いとされているのが、彼が1936年から1938年に掛けてさまざまな雑誌に掲載していた小説・『風立ちぬ』なのです。

内容は、堀辰雄自身の経験をもとに描かれた、重病に冒された女性と、その婚約者である「私」のラヴ・ストーリー。今となっては大量生産・大量消費され尽くした感のある、いわゆる「泣けるお話」の一種に過ぎないと見る向きもありましょう。そのヒナ形であるともとらえられます。

が、しかしここで声を大にして言わせて頂きたい。「そんなチープなものと一緒にしてはいけない!」と。『風立ちぬ』では、生きる尊さというのはダイレクトに描かれていないのです。むしろ、死に向き合い、2人を淡い情景描写で優しく包んでいる。死の官能性すら、物語からは漂って来ます。


『風立ちぬ』
新潮文庫
定価:税込380円
そこには当然、西洋的な「装飾されたものとしての芸術」に立脚した美の感覚を、日本の古典的美学に見事に落とし込んだ、堀辰雄の手腕が光ります。その筆致は、現在においても重要性をまったく失いません。

関東大震災。1923年、神奈川を中心とした関東地方に発生した、日本災害史上で最大ともいわれるほどの被害を記録した地震です。死者・行方不明者は10万5千人余りとも言われていますが、その中に堀辰雄の実母も含まれていました。その体験を経て描かれた『風立ちぬ』には、東日本大震災という近年稀に見る規模の大災害をくぐり抜け、今もなお霧の中にいるような日本人に対する訴求性が、大いにあります。

『風立ちぬ』の代名詞とも言われる、作中の詩句は「風立ちぬ、いざ生きめやも」と私たちに語りかけます。「風は立った。さあ、生きようじゃないか」と。

訪れる死と向き合うからこそ真摯に浮かび上がる生と愛。オブラートでありつつ巧みな風景描写。そこに潜む美しさは、今の日本にこそ必要なものなのです。


作品情報

・題名:風立ちぬ
・著者:堀辰雄
・出版:野田書房(1938年当時)

・『風立ちぬ』(青空文庫)







 

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