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『福翁自伝』
誰が福沢諭吉を一万円札にした?

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福沢諭吉の自伝『福翁自伝』について。まぁ自伝なので、多少の誇張やウソは覚悟して読むべきだろう。たとえばあなただって、人に自分の過去を語る時、そっくりそのまま真実を語ったりはしないはずでしょう。事実のデフォルメ、感情面でのデフォルメ、あるいは「本当はこうだったけど、これを今更言うってのも恥ずかしいし」などの理由からのボカシetc、A氏の事実がそっくりそのままA氏からヴォミットされるなどは、なかなかない。

いや、そんなのケース・バイ・ケースだろう、と思われるかもしれない。そう、そりゃそうだ。この世に真理や絶対などない。すべてはケース・バイ・ケース。『福翁自伝』の場合はどうか。福沢がこの自伝を書くこととなった経緯を次に述べてみたい。

晩年の福沢は、「自叙伝を書いてみたらどうや」と、周囲からすすめられていた。しかし多忙を理由に断り続けていたという。だがそんな中、「誰かに話を聞いてもらって文章化してもらったらいいんじゃね?」と思い至った。いわゆる「聞き書き」スタイル。彼は当時の時事新報記者、矢野由次郎に話を聞いてもらい、速記させ、それを自ら修正・加筆した。そうして出来上がったのが『福翁自伝』である。

福沢という人を簡単に形容すると、「理想に燃えるリベラリスト」となろう。リベラリズム自体は、福沢の著書や自伝を読めば伝わるものだろうから、ここでは措くとして、ポイントは「理想に燃える」というキャラクターである。

だからこそ歴史に名を残したのではないか、そう言えるかもしれない。けれど往々にして、私たちが日常で感じる理想主義者とは、必ずしも美点ばかりではない。えてして自意識が肥大していたり、自尊心が過剰に高かったり、英語で云う「must」や「have to」ばかりを口走って原理主義的傾向にあったりと、およそ付き合いたいタイプとしては揚げられない人種だろう。

何も福沢をディスリスペクトするわけではない。要は、たしかに彼だって人間だったわけで、そこには人格があったということだ。そして『福翁自伝』は、上記のように、その人格が多分に作用して記されたのである。作用には反作用が伴う。なればこそ冒頭で「多少の誇張やウソは覚悟して読むべきだろう」と述べたのだ。

最後に、読了して私が思ったことを述べておく。「誰がこいつを一万円札にした!?」






作品情報

・著者: 福沢諭吉、矢野由次郎
・発行: 時事新報社(1899)





 

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