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『博士の愛した数式』
家政婦と元数学教授の、「静謐な春」の日々

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28歳のシングルマザーである「私」が、家政婦紹介組合から派遣された先で、新しくインプットされた記憶は80分しかもたないという元数学教授と静謐な春のような生活を送る物語と言えば・・・そう、2004年に第1回本屋大賞を受賞した、小川洋子の『博士の愛した数式』だ。


作中に出て来る60代の「博士」は、40代の時に遭った交通事故の後遺症により、新しい記憶が80分しかもたない。そのため、大切なことは逐一メモし、体中にそれらをはり付けている。もちろんそれは一般的な見地からすると大変な事態なのだが、ここでは淡々と硬質な筆で描かれている。ために、「博士」の悲壮感が漂う物語にはなっていない。

先ほど、「静謐な春のような」と書いたのは、手前ミソながらズバリな例えではないだろうかと思う。物語の主な登場人物は4人しかおらず、人間関係のドロ沼とでもいうようなウェットなテイストもさほどない。それでいて、「博士」は数学を何よりも愛していながら、冷徹でも偏屈でもないと感じる。小川の熟成された文章は、人間としての「博士」の体温を読む者に伝えてくれるのだ。

読者が数学(整数論)に疎くても大丈夫、というのも心強いポイントだ。なにしろ主人公である「私」も数学はさっぱり・・・という人物であり、彼女を通じて物語は展開されるのだから。

文庫化された折には、わずか2ヶ月で100万部を突破したという、文句なしのベストセラーである。作中に出て来る「過剰数」や「メルセンヌ素数」などチンプンカンプンでも、問題なく楽しめる小説であることは、その記録が証明しているはずだ。

2006年には映画にもなったが、こちらは「私」の息子である「ルート」が成人した後、「博士」との思い出を語る、という構造になっている。小説を読み終えて観てみると、格別な味わいがある。

ちなみに作者の小川洋子も、作中の「博士」と同様、熱烈な阪神タイガースのファンだそう。兵庫県芦屋市に越したのはご主人の仕事の都合ということだが、実はそっちがメインの理由では・・・?(笑)


作品情報

・作者: 小川洋子
・発行: 新潮社(2003年)







 

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