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『職業としての小説家』
村上春樹という小説家について

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最初に断っておきますが、私は村上春樹の小説を読んだことがありません。理由を訊ねられたら、そんなのはほとんどの人が『更級日記』や『社会契約論』を読んだことがないのと同じで、読む理由がなかったから、としか答えようがありません。本ってそんなものでしょう。だから彼の自伝的エッセイ『職業としての小説家』を手に取った時も、「へぇ、名前は聞いたことあるけど、こんな顔した人なんか。どんな人なんやろ」といった好奇心以上のものはありませんでした。

初めて触れる村上春樹の文章は、なるほど、こう言っては居丈高に感じられるかもしれませんが、まことに読みやすかった。ところどころ聞き慣れない外来語を挿入している理由は解りかねますが、文章全体としてのニュアンス(色合い)を損ねるほどのものではない。考えてみたら、国内外に多くのフォロワーを持つような小説家なのですから、そこまで難解な表現形式であるはずがないんですよね。

内容は、タイトルからしてズバリなのですが、小説家としての村上春樹を重点的に扱っています。小説家という人種に対しての見解、自分が小説家になろう━━正確には、小説を書こう、と言うべきか━━と思い立った経緯や、独自の文体について、そして創作において大切にしている流儀や信念など、職業作家である村上春樹が、解りやすく、淡々とした筆致で描かれています。夫人との馴れ初めだとか色恋沙汰は一切ありません。

ただ読了後、疑問に思うのは、果たしてこの自伝が読者を彼の小説へ誘導する係員になるだろうかということです。ある人にとってはなるでしょう。また、ある人は村上作品に向かわず「俺/私も小説を書いてみよう」と思うかもしれません。私は率直に、村上春樹の他のエッセイ(ノンフィクション)を読んでみたいと思いました。

つまるところ、この自伝は決して読者を特定の思想や地点に誘導するためのものではないのだと思います。好きなように受け取ってくださいね、出入りはご自由に、といった「風通しの良さ」や「間口の広さ」が全体に底流していると言いますか。

『職業としての小説家』は、2013年から2015年にかけての連載+書き下ろしであり、つまりはその期間の村上春樹であると言えます。あくまでも個人的な感想ですが、この期間における村上の作品に関しては、小説よりもエッセイやノンフィクションの類の方が面白いのではないかと思います。小説を読んでいないおまえに何が分かる、せめて読んでから言え。そう言われても仕方ないのですが、なんとなくこの本の語り口からして、そう思ってしまうんですよね。


作品情報

・著者: 村上春樹
・発行: スイッチ・パブリッシング(2015)





 

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