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『七色いんこ』
コミカルに人生を彩る、演劇アクション漫画

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世の中はますますといって良いほど、生きにくくなっている。ありとあらゆる生活環境は悪化しつつあるし、社会規範を示す基軸やボーダーすら曖昧になりつつある。それは、人の生活態度にも見て取れる。とかく、「遊び心」というものが、そこかしこから姿を消しつつある。余裕がない、というべきか。

「人生なんてショーだ」と歌った歌手もいたが、それに則して言うならば、空虚なショーが蔓延せざるを得なくなっている、ということになろうか。アドリブなどが入る余裕を持たないショーは、面白みに欠けるものだ。


確かに、生きることは空しい。なればこそ、人は多種多様の快楽で己の虚無をまぎらわせるのだし、少しでも個々の生に彩りを添えようとするのだ。

「漫画の神様」手塚治虫が『七色いんこ』を描いたのは、1981年から1983年。高度経済成長も1970年代で一段落し、その時代の弊害が一気に目立ちはじめ、少子化が始まり、文化的にも迷走しはじめた・・・とされる頃のこと。

『七色いんこ』は演劇の話だ。主人公・いんこは素性が知れない代役専門の役者で、どんな役でも、たとえ依頼が公演当日ギリギリであっても、万能にこなす。その上、報酬は受け取らない。それが何故なのかは実際に漫画を読んで頂くとして、この話の中で手塚は彼を通じて「演じるということの楽しさ」「人生を演じきる覚悟」を、まざまざと見せつける。

彼は『ブラック・ジャック』や『ミッドナイト』(ともに手塚治虫の漫画)の主人公たちのような、闇に生きるアウトローではない。何処かポップさというか、親しみやすい「毒気」を備えている。そのぶん、読者は彼に憧れるよりも身近に感じるかもしれない。


そんな彼も、自身に苦悩する。「人は誰でも芝居をしているのだ」と、作中で言及されるが、それは悲しい場合にはキャラクターの自家撞着を意味する。つまり、「自分=自分ではない者」になっているということだ。それもまた、高度に発展した社会において、人が背負うべき業であったのだ。

いんこの素性は、最終回にてようやく明かされるが、それは、話を通じて身近に感じてきた彼の死=「見知らぬ他人の登場」を意味する。成熟した社会においては、どれだけ身近な人でも、その素性は分からない・・・ということが、作品の裏のテーマになっている。

しかし、それでもまた人は演じる。演じる快楽と隣り合わせの苦悩と共に、である。それは他ならぬ自身の人生のテーマを己が示すため、そして空虚な生にいくばくかの華を添えるため、ともいえる。

あなたがあなたの人生を演じ切る、そのかたわら、『七色いんこ』は一色の彩りを添えてくれることと、断言しよう。


作品情報

・作者:手塚治虫
・出版:秋田書店
・連載期間:1981年3月~1983年5月







 

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