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『天才バカボン』
日本のギャグマンガのミッシング・リンク

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何かを観察・調査し、それを表現するにふさわしい言葉を書き連ねることをなりわいとする者においても、論じる、ということが、時として冒とくに値するのではないか、と思うこともある。それを表現するツールとして、言葉がふさわしくないケースや、言葉にしてはその魅力・価値が薄まってしまう、内容が違うものになってしまうケースだ。書き手の力量不足といってしまえばそれまでかもしれない。しかしそういったケースは確かに存在する。

漫画家、赤塚不二夫が描いた『天才バカボン』はどちらだろう。いや、いずれにせよ、この作品を「語る」という行為自体がそもそも無粋で、無意味。一読して分かる者と、百回読んでも理解できない者に大別されてしまうしかない。それは理屈・理論を超えたところでのものなのだ。


しかし、決して語るに値しないアングラの傑作というわけでもないのが、『天才バカボン』の厄介な、もとい、素晴らしいところだ。

1967年の初連載を機に、ギャグマンガというものがそもそも一般にはない時代であったにもかかわらず、漫画を読まない一般層にまで『天才バカボン』は浸透した。

そのパワーは、赤塚の友人であるタモリをして「大学のときに『天才バカボン』が出て驚いたんです。こんなバカなことやっていいんだ、こんなバカなこと書いて出版していいんだ、ありなんだと思いましたね」と、また、お笑いコンビ・ダウンタウンの松本人志をして「僕が一番衝撃を受けたのは『天才バカボン』でした。だから『天才バカボン』がテレビで、アニメになって始まったときには、ものすごく嬉しくて」と、言わしめたほど。


日本におけるギャグマンガのブレイクスルーであった。赤塚自身は「要するに僕はナンセンスを描きたかったんですよ」と語るくらいに、どうしようもないナンセンスでありながら、市民権を得たということ。それが素晴らしい。

赤塚は生前、日本の笑いは進化するどころか退化している、とも語っていた。ギャグの第一人者は、笑いの美学と理論に最期までこだわり続けた。古い作品とはあなどれない。今後、日本の笑いが進化しようとするならば、そのカギとなる何かを、まだ『天才バカボン』は内包しているはずだから、だ。


参考文献:
赤塚不二夫『赤塚不二夫対談集・これでいいのだ』メディアファクトリー・2000年


作品情報

・作者:赤塚不二夫
・出版:講談社・小学館、竹書房
・連載期間:1967年4月~1992年11月







 

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