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■ 12月31日~1月30日にかけて、「エッセイ(随筆)」をフィーチャーします







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ガリガリ君
赤城乳業の真摯さとユーモアの結晶

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みなさん、こんにちは。今回のお題は「ガリガリ君」です。出し抜けに恐縮ですが、「ガリガリ君」の製造元である赤城乳業の企業スローガンをご存知でしょうか。「あそびましょ。」です。う~ん、この会社だから「ガリガリ君」という商品ができたんだな、と得心がいきそうな、なんともユーモラスな社是です。「ガリガリ君」自体、アイスなのにコーンポタージュ味が(期間限定で)出たりと遊び心に溢れていますからね。

この「遊び心」というのは、企業活動に限らず、何かにつけ大事なものだと思います。それがないと、四角四面の官僚的なものしか━━要するに「面白くない」ものしか━━無くなってしまいますからね。世の中には官僚的なものも必要なんですが、そればかりじゃちょっとあれですから。ただここで誤解してはいけないのは、「遊び心」と「遊び」は違うということです。「ガリガリ君」の開発や航路は決して遊びではない、真剣勝負の連続だったのですから。


そもそも赤城乳業という屋号ですが、赤城とは創業者の名字などではなく、群馬の赤城山に由来するそうです。会社から見える赤城山の裾野が広いように、幅広い客層に支持される存在でありたい。そんな希望をこめ、命名されたそうです。別言すれば、「市場でヒットし続ける商品を出すこと」が赤城乳業の命題とも言えましょう。



1981年発売当初の「ガリガリ君」
「ガリガリ君」登場以前の同社のヒット商品と言えば、何と言ってもかき氷の「赤城しぐれ」です。第一次東京五輪のころ(1964年)に世に出て、同年に4000万個を売り上げたほどのヒット商品でした。

しかし1970年代に入ると、2度にわたる石油危機と共に、赤城乳業は冬の時代を迎えます。国内全域的な物価の不安定化と消費の低迷により、すべての商品の値上げに踏み切らざるを得なかったのですが、それが市場から反感を買い、支持が跡絶えてしまったのです。2016年の「ガリガリ君」の値上げの際に、ユニークな謝罪CMを出して話題になった同社ですが、あれは同社内で70年代の痛手が根強く共有されていたからこその表現だったのでしょう。

とまれ、失った支持を回復するには、値下げをするか、新しくヒット商品を出すかしかありません。前者を選れば会社が維持できなくなりますから、実質、後者しか選択肢はない。背水の陣で試行錯誤が続きました。そうして1980年、かき氷に棒をさした、いわゆるバータイプのかき氷が発売されました。「赤城しぐれ」の変化形です。これが「ガリガリ君」の前身となりました。

というのも、そのプロトタイプ、輸送中にかき氷が割れるわ、棒が抜けるわでクレームの嵐だったそうです。もっともな話でしょう。しかし赤城乳業はそこで「この商品はダメだ」と投げ出さず、クレームのひとつひとつに真摯に対応しました。アイスの強度を上げるように製法を工夫するなど、改良に次ぐ改良を重ねたのです。かくして、翌年の1981年、改良に改良を重ねられた「それ」が、満を持して「ガリガリ君」として世に出たというわけです。


工場内で生産中(型抜き中)の「ガリガリ君」

その後、コンビニの普及などの追い風もあり、「ガリガリ君」はじわじわと人気を獲得。2000年には年間販売数1億本を突破するほどのヒット商品になりました。赤城乳業の真摯な姿勢は、長い年月をかけ、見事に市場で支持を得たのです。その後の2013年に同商品の年間販売数は4億本以上をマークしました。単純に国民1人につき3本は食べたという換算になりますから、もはや赤城乳業の命題を立派に体現している国民的ヒット商品と言って差し支えのない存在だと思います。


※写真提供:赤城乳業株式会社

赤城乳業株式会社




 

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