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■ 11月30日~12月30日にかけて、「日本のアイス」をフィーチャーします







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水を"供給されるモノ"から嗜好の対象へと変えた
ミネラルウォーターのパイオニア「六甲のおいしい水」

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海外では元来、水というのは買い求めるモノであった。しかし日本では違った。さかのぼること、1980年代。水はまだまだタダのものという認識を以って民間に迎えられていた。それは諸外国と比べ、健康意識が違ったり、水道水の安全性の違いがあったり、水の個人消費量が違ったりしたわけだが、水を購買するのは一部の業務従事者に限られていた。

もちろん、日本人の皆が皆、水道水に満足していたわけではなかった。その隙をビジネスチャンスとして目をつけたのが、ハウス食品のチームだ。当時ハウス食品では、飲料業界に進出のため、飲料の新製品を検討していた。そして、水を売るという方針でプロジェクトは進められた。

1982年、チームはどういった水なら消費者に受け入れられるのかを検討していた。さまざまなマーケティング・推考が重ねられた結果、「家庭内の需要」「ネーミングに地名を用いる」ということが提案された。

「家庭内の需要」は、海外の水の使用状況を考えて、また、当時の日本人の意識調査に基づいて予測されたものだ。「ネーミングに地名を用いる」というのは、日本国内の消費者に対し徹底的に調査を行なった結果、飲みたくなる水とは旅行等で訪れた一定地域に湧く水である、と結論が出されたからだ。そこで、古来より水としての評判が高かった六甲山の水に白羽の矢が立った。

ネーミングについてもいろいろと検討がなされた。実に200ものアイデアが出されたという。その中から、何処の水か一目瞭然であるということから、「六甲のおいしい水」に決まった。

かくして翌年、1983年8月、「六甲のおいしい水」は一般市場にデビューした。

デビューはしたものの、順風満帆とは行かなかった。当時の値段は1リットル200円(消費税はまだなかった)と、牛乳より高かったのだ。世間からは冷ややかな目で見られ、苦戦が続いた。

転機は3年後の1986年にやってきた。このころ、マンションの老朽化により次々と水道水に赤サビが出て来たことが各メディアで大きな話題となったのだ。人々は「水を買う」ことに価値を見出し始めた。この年、「六甲のおいしい水」は売上80億を超えた。やがて「六甲のおいしい水」はミネラルウォーター界を牽引するトップ・ブランドへの道を歩み出すこととなる。

現在、販売される水の種類は数百にも及び、水の個人年間消費量も1980年代初めの0.7リットルから19.7リットル(2009年)へと増え、日本においても、水を買うことはもはや普通のこととなった。

その間、このパイオニアは「ペットボトルによる水の販売」「2リットルのものは丸型でなく角型のペットボトルによる販売」など現在では当然といえるスタイルを次々と作り浸透させてきた。また、目の見えない消費者のためにペットボトルに点字を採用したり、ラベル使用する糊にはがしやすい糊を起用したりと、改良につぐ改良が施されて来た。それはメーカーの努力とこだわりの歩みの軌跡といえる。

昨年、2010年春、「六甲のおいしい水」はアサヒ飲料へと事業譲渡されたが、近畿の各工場において、今も余念無く品質の維持・改良は続けられている。群雄割拠の水市場において、今後も「六甲のおいしい水」からは、さまざまな提示がなされることとなるだろう。





 

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