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関西名物
株式会社蓬莱 取締役常務

田中一昭

< 2017年01月07日 >

大阪に住んでいる身ゆえ、関東など他の地域の方から「大阪名物で何か美味しいもの、ある?」と訊かれることがあります。そんな時には「551(ゴーゴーイチ)の豚まんやろ、とりあえずは」と答えます。多分、こう答える大阪人は結構多いのではないでしょうか。

そんな大阪のソウルフードと言える551の豚まん。それ自体もさることながら、関西でもうひとつ有名なのが「551のある時ぃ~♪」のコマーシャルです。あれに出ているおじいさん、551の豚まんを展開する株式会社蓬莱の、何と常務なのです。大阪に住まう以上、避けては通れない(?)田中常務に、今回インタビューをお付き合い頂きました。



■ 宜しくお願いします。まずは田中常務が入社されたあたりのお話からお願いいたします。

田中一昭(以下、T): 就職するとなった時に、ゼミの先生から「こんな人がおるで」と紹介されて、創業者、蓬莱初代社長の羅邦強さんと会うたんです。今の蓬莱の社長は三代目なんですが、羅邦強さんのお子さんが二代目、さらにその長男が三代目になります。

羅邦強さんのご出身は台湾なんですが、「台湾を通じて、日本に貢献したい」という気持ちを持たれていて、当時蓬莱を展開していたんです。蓬莱のもともとの意味は中国に伝わる桃源郷、仙境みたいなもんですよね。もっとも店舗数で言えば、本店を合わせて7つしかなかった頃です。せやけど私からすると、人事部とかやなく、社長本人が面接されるということが、まず珍しかったですね。



田中一昭
株式会社蓬莱 取締役常務


1942年生まれ。おとめ座のB型。
1966年、蓬莱に入社。
551蓬莱の50年生。
八阪工場に配属後、
人事部と営業部を兼任し、
2007年、常務に就任。
好きな言葉は「感謝」
■ 人事に関する姿勢が、ということですかね。飲食関係のお仕事のご経験は、それまでにアルバイトとかであったんですか?

T: それまで経験したアルバイトも飲食関係やったんです。父を早くに亡くしましたから当時は貧乏で、なのに食欲がある。一日四食、朝ご飯、昼ご飯、夕ご飯、晩ご飯とイケるわ~いうような感じでしたから。飲食関係やと、仕事をしてそこで食べさしてもらえるから、一食分浮きますでしょ? それがありがたかった。


■ 時代的背景を考えると、それが当然だったのかもしれませんね。そこで羅邦強さんと意気投合して入社、と?

T: それが一度目の面接の時は「一回考え直してこい」と言われて、終わりました。でもこっちは気持ちが固まっていました。せやけど、もう一回お会いした時も「よう考えろ。考えるということは、良いことであっても悪いことやないから」と言われたんです。結局「分かった。田中くん、採用か不採用かはキミが決めたらええ」言わはったんです。


羅邦強
株式会社蓬莱 創業者


1945年に蓬莱を創業。
2008年、逝去。
創業者に言われたのには、「人生には二つの大きな決断がある。就職と結婚や。せやからこの二つを決断する時には、よう考えろ」ということ。そんなん社会人にもなってないペーペーに、ちゃんとアイ・コンタクトを取って言うてくれる人がおるんや、と感激しました。その時には父親がもういませんでしたから、父性に惹かれたのかもしれません。せやからこの会社がええなと思ったんは、そういった創業者のお人柄に惹かれて、というところが大きいと思います。


■ ちなみに田中さん、結婚はいつ頃されたんですか?

T: あれは28歳の時やったかな。ホンマは27歳で結婚しよ思てたんです。それがいろいろあって、一年延びてしもた。


■ やっぱりよく考えて結婚されたんですね。

T: ・・・もうちょっと考えたら良かったかなぁ(笑)。いやいや、ええ嫁ですよ。やっぱり口と腹が元気っちゅうのが何よりです。何や、よぉ文句言われるんですけど、わしももう言い返しませんで「そやなぁ」と。さらに最近ではそこに娘が加わってきますから、もう口ごたえできません(笑)。


■ つら過ぎますやん(笑)。まぁでも健啖家でいるというのが・・・

T: そらもう大事ですよ。