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■ 2月29日から3月30日にかけて、文房具をフィーチャーいたします。







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■ 今作はモダン・ホラーですが、ホラー、つまり恐怖とは何かと言いますと、「わからない」ということだと思います。それは怪奇現象が理解不能なものであったり、物語の着地点が見えない怖さだったりします。でも今回、『双亡亭壊すべし』と、結末をバラしているようなタイトルですよね。「何とかして、最後にはあの建物を壊すんだろうな」と想像がつく。このタイトルはホラーとして落ち度とは言えませんか?

F: 恐怖が「わからない」というのは、そうだと思います。しかし第一話を見て、空爆でも壊れない双亡亭をどうやって壊すのか、誰もわからないと思います。それになぜ壊れないのかもわからない。みんなが壊そうとしている理由もわからない。謎は結構ありますから、逆にあのタイトルで、かろうじて物語を「おさえて」いるんですよ。あのタイトルがないと本当にわけのわからない話になってしまいます。


■ それはそう思います。そうするとタイトルで「おさえて」いないといけないくらい、このお話には謎がいっぱいあるということですよね。でも、それは少年マンガとしてどうでしょう。どんな話なのかも分からない第一話です。謎がひとつやふたつならともかく、何個も乱発されたら、読者は処理しきれず、付いていけなくなってしまう可能性もあるのでは?

F: おっしゃる通り、謎の数が多すぎて読者がついていけなくなることは、ありえたと思います。でもそれは個人差がありますし、全部が全部謎のままでもないんです。飛行機の中にいた少年は、化け物を倒すくらい、強いわけです。まともにいったら無理だろうけど、彼の力の使い方さえ工夫すれば、双亡亭を壊せるかもしれない。壊せなくても、彼は双亡亭について何かしら知っている様子だから、双亡亭の攻略に役立つかもしれない。


(C)藤田和日郎/小学館
『双亡亭壊すべし』第一話より

■ 謎を解くカギのような要素も含んではいる、と?

F: でも、その謎に魅力がなかったら、そりゃ読者は付いてきてくれません。「わけわかんねぇから、もう読まねぇ」と言う人がいたら、それは確かにおれが悪いんです。そうならないよう、「今回の話、怖そうだけど面白そうでしょ?」という話を作ったつもりです。


(C)藤田和日郎/小学館
『双亡亭壊すべし』第一話より

■ そりゃあ先生のファンの方は、「これからきっと面白くなるぞ」と信じて、多少は辛抱して付き合うかもしれません。でも先生のキャリアを知らない、まっさらな読者はどうでしょうか?

F: ファンというのは、『うしおととら』や『からくりサーカス』から読んでくれているようなコアなファンの方々ですよね。そういう人たちがいてくれることはありがたいですが、いつもまずは、まっさらな人に向けています。職業意識の話になりますが、プロのマンガ家というのは、ファンだけではなく多くのマンガの読者に読んでもらうことをいつも考えているマンガ家のことなんです。

マンガ誌って幕の内弁当みたいなものだと思います。いろんなおかずがないとつまらないじゃないですか。そこに少し変わったものが一品あっても、いぶかしみながら食べてもらえたらいいと考えています。「よし、食べたな。どうだ、美味いだろう」と言えるだけのものを提示しているつもりですから。


■ まっさらな読者の期待にも応え得る、と。

F: しかしもちろん、応えきれない読者の期待もあります。たとえば、話の序盤で過剰なぐらいの盛り上がりを読者が期待したとします。でもおれとしては「いや、ここはもうちょっとタメた方が後で喜びが高まりますからね。だから敢えて後の方にズラしています。スマン!」と思いながら、作っているところがあります。


■ 物語を作る側としては、それはあるでしょうね。

F: 気を付けないといけないところもあります。さっきゴシック・ホラーはスピード感がタルいと言いましたよね。だから『双亡亭壊すべし』は、物語上タメているところも、「タルい」と言われないように気を付けています。


言うまでもなく、それはモダン・ホラーであるために、だ。今回のインタビューを通じて判ったことは二つ。『双亡亭壊すべし』の第一話は、二話目以降を読まないと総括され得ない。つまり第一話のみを対象としたインタビューでは、是非もない。その点で第一話として正しいということがひとつ。


(C)藤田和日郎/小学館
『双亡亭壊すべし』第一話より

もうひとつは藤田和日郎の作家としての周到ぶりだ。藤田は
「自分の中で物語には一本筋が通っているから、何を訊かれても答えられる」と断言した。それが事実であることは、このインタビューからも明らかだろう。つまりファンタジー(虚構)において肝心となる「世界観」に隙がないのである。この場合の世界観とは、物語の「骨格」と言い換えても良い。

F: おれの場合、アイデアの段階では、そこまででもないんですよ。ネーム(絵コンテ)ですね。ネームを描いているうちにキャラクターの本性や方向性が見えてきたり、分かってきたりするんです。だから実際に自分の手で描いていく中で・・・なんだと思います。


ファンタジーが必要とされる状況とは、いかなものか。それは人が現実に疲れ、一時でも逃げ場を求める時ではないか。疲れた心を癒し、慰め、また再び現実へと立ち向かう勇気や活力を喚起すべく、ファンタジーは存在する。その虚構の世界観が隙だらけでは、読者はなかなか没頭できない。

冒頭で述べた違和感が、藤田の想定内であったことはインタビュー中でも語られた通りだが、驚くべきは、違和感すら許容してしまうほど、物語の世界観が第一話で確立されていることなのだ。これはつまりファンタジーとして盤石であるという証左にほかならない。藤田が「サンデー」や「モーニング」に求められるゆえんであろう。


F: ホラーとは言っていますけど、やっぱりエンターテインメント、つまり読者に楽しんでもらえるものでありたいとは思っています。おれ、20年以上マンガ家をやっていて、考えたら長期連載って3回しか経験していないんですよ。だから未だに慣れがないと言いますか、新鮮な気持ちですね。


(C)藤田和日郎/小学館
『双亡亭壊すべし』第一話より


インタビューと文: 三坂陽平
取材協力: 萩原啓佑(小学館)


藤 田 和 日 郎 作 品