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■ 6月30日から7月30日にかけて、1984年のポップスをフィーチャーします







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■ なるほど。そういう対処法を体得されたのは、やはり演劇をされていた経験が大きいんでしょうか? 演劇もある種、お客さんと演者の対話みたいな所があるでしょう?

F:そうかもしれません。だから書店員になって接客をやったら、とても面白かったですからね。未だに面白いですよ。レジに立っていても、こういう本の組み合わせで買いはるんや、なるほどな~とか。お客さんから学ぶことっていっぱいある。来年60歳で定年やけど、そんな感じで35年やってこられて良かったなと思います。


■ 書店員としての意識の変化などは?

F:そんなには。ぼくが入った頃は、書店員は給料がもらえる大学院生みたいに思っていましたし、今でもそれは変わっていない。本の大海の中にいると、常に何がしかの知的刺激をもらえるんです。だから大学生、大学院生にもっと本屋に通って欲しいんですよね。トーク・イベントを催したりするのも、その一環と言いますか。実際の本屋を通して、作家と読者の間で何かしら化学反応が起きて欲しいと思っているんですけどね。



■ 他の書店さん方も「本屋大賞」を2004年に創設するなど、いろいろ試行錯誤はされているんでしょうけど‥‥。

F:あれは面白くないでしょ。だって結果が出た後を追いかけているだけですから。本屋それぞれが「これはあまり知られてないけど面白いと思う」というのを発表するならわかりますけど。


■ まぁ伊坂幸太郎さんなんて10回以上ノミネートしてんねから、もうええんちゃうの、とは思いますけど(笑)。

F:あとはOBOPってご存知ですか? 大阪ブック・ワン・プロジェクトと言いまして、大阪の問屋と本屋が「ほんまに読んで欲しい1冊」を選ぶというプロジェクトなんですね。あるシンポジウムで、ぼくは登壇者ではなく観衆として参加していたんですが、名指しで呼ばれて「何か一言」と言われたんです。そこで「大阪中の本屋がたった1冊の文庫本を売ることに血眼になって、何かええことあるんですかね」と言うてしまったことがあります(笑)。


■ 名指しした人が気の毒(笑)。

F:だから他人の真似をしてもあかんということです。たとえば、だいぶ昔に、ぼくが、「人文書の定義は、オルタナティヴを提示する本」と言うたんです。今の社会・世界に対してのオルタナ。そうしたらグランフロント(大阪)の紀伊國屋書店さんがそのアイディアを採用されたと聞いた。で、そこの人文の棚を見に行ったんですが全然オルタナティヴになってなかった(笑)。


■ 主流に準じないと売れないと思ったんじゃないですか(笑)。人文って「人の文化」なんですから、多様的であっていいと思うんですけどね。オルタナやアングラも含めて。

F:実際の本屋って「知らない世界」の宝庫なんです。ネットだと知らない所、全く無関係な所へはほとんど行かないでしょう。たとえば、以前、毎日新聞社の特派員がアフリカについて書いた本があって、凄く面白かった。なんで面白いかというと、ぼくたちはアフリカについて、ほとんど知らない。アフリカには全国紙の特派員は5人くらいしかいないらしいんです。その人たちが決死の覚悟で集めた情報もなかなか紙面に載らないから、ぼくたちの日常に彼らの世界は入ってこない。じゃあネットにはあるかと言えば、そうでもないでしょ。


■ 確かにそういう所はありますね。しかし、「知らない世界」の宝庫足り得るのは、ジュンク堂、紀伊國屋などの大型書店に限られませんか? 町の小さな書店でも同じことは言えるものでしょうか。

F:小さい書店の方が、さっき申し上げた棚作りなどはやりやすいなどの側面もあるかと思います。京都のある小さな書店では、その店長の意向で棚が形成される、店長が知らないものは置かない、とさえ感じさせる所もあります。それでお客さんは誰も文句を言わないんです。そういう店だと知って行っているから。どういう棚を作って、どういう世界をどういうお客さんに提供するか。作家や出版社、それらとお客さんの間をどう架橋するか。そこは書店員が意識しないとダメな所ちゃうかと思います。



■ 難しそうというか、答えはなさそうですよね。

F:本は、毎日200点は出るんですから、これが正解というわかりやすい例なんかないですよ。だから「ベストな棚なんかありえへん」のです。