日本語 | English

■ 6月30日~7月30日にかけて、「日本の鞄」を取り扱います







Atom_feed
日本のお茶
前田幸太郎商店 専務取締役

前田文男

< 2015年06月25日 >


何の自慢にもならないが、僕は結構水飲みの方で、原稿を書く時も、取材旅行時も、大抵飲み物を携えている。と言っても、相棒となる飲み物はまちまちで、ミネラル・ウォーターの時もあれば、バナナ・ジュースの時もある。統計的に見ると、「茶」が一番多いだろう。日本で「茶」と言えば煎茶。日本で飲まれる茶の、実に7割が煎茶だからだ。しかし本当に美味しい煎茶と言うのは、なかなか出会うのが難しいと思う。なぜなら嗜好品である以上、ブランドや評判は、ある程度の参考にしかならないから。

お茶を作り、商う人達はどうだろう? 美味しいお茶というのをどういう風に捉えているのだろう。疑問を解くには、一流の茶師に訊ねるのが一番、と考え、静岡県の前田幸太郎商店を訪れた。専務の前田文男は、全国茶審査技術大会で初の十段位を取得した、つまり本来なかったはずの十段位が、彼の技能を評価するために作られたという、いわば利き茶の名人。彼の経歴や仕事をたずねることで、疑問の氷解を目指したい。



「この店は、祖父の前田幸太郎が作ったもので、現在の社長は私の従兄です。大学卒業前から祖父に茶師(お茶の仕事全般に携わる人)にならないか、と誘われていましたが、身内の会社のことですから、一旦外の空気を吸ってからの方がいいなと思い、大学卒業後は横浜の会社に3年半ほど勤めていました」

「大学は静岡で、就職して横浜に出ましたが、やはり静岡より横浜の人はお茶を飲まないし、飲むにしても、あまり良いお茶が飲まれていないように思いました」



前田文男
前田幸太郎商店 専務取締役

静岡県生まれ。横浜で電機メーカー勤務を経て、
祖父の代から続く製茶問屋「前田幸太郎商店」に
転職し、茶師としての修業を積む。
1997年、全国茶審査技術競技大会において、
前代未聞の十段位を取得したり、
NHK「プロフェッショナル」に出演するなど、
茶師としての信用と評価は高い。
現在、ご子息は学生ではあるが、
「お茶の道とは全く無関係」とのこと。

横浜を貶める意図ではない。静岡は茶の生産量・消費量共に全国1位、つまりお茶と生活との関係が、他県より濃密なのだ。何しろ、蛇口をひねればお茶が出る小学校が、県内にあるくらいなので、静岡から出た青年がそう思ったのは、むしろ当然と言える。

「横浜から帰郷して、この店に転職したわけですが、茶師というのは、それであっさりなれるものじゃない。まずお茶の良し悪しが、最初は判らない。でもそれは、口で説明できるものじゃないんですよ。とりあえず、お茶を見ていろ、と当時の社長に云われまして、休み時間とかでも、お茶をずーっと見たり触ったりしていることが多かったですね」


その中でも「勉強になった」と言うのが、先述の全国茶審査技術大会だ。

「予選を勝ち抜き、全国の130人くらいで競うんですけど、第一審査が茶葉を見て、一番茶、二番茶、三番茶などの何番茶かを当てる。第二審査が、お湯を注いで、匂いでお茶の品種(やぶきた、おくみどり等)を当てる。第三審査は、仕上がった茶葉を見て産地を当てる。第四審査が、5種類のお茶を5回ずつ、合計25回飲んで、お茶の生産地を当てる。その合計点を競うんですが、かなり勉強になりました」

「割と調子が良くて、初出場時に六段がもらえて、翌年は準優勝で七段をもらえたんですが、審査技術大会で好成績を出すことと実際の仕事とは、また別なんですよ。というのも、大会で成績が良かったから、お茶の仕入れをやらせてもらったんですよ。お前が良いと思うお茶を1トン買ってこい、と。でも良いと思うお茶が見当たらなくて、30キロくらいしか買えなかったんです。当然、話にならねえじゃねぇか、と云われ(苦笑)。仕入からはずれて、工場に入って、火入れとか、お茶の製造現場でずっとお茶を見ていました。それが5年くらい掛かり、そのうちお茶の本当の姿というか、お茶が見えてきたんです」


お茶が見える、というのは、その茶葉がどういう個性を持ち、製茶作業を通じてどう変わっていくのか、五感で感じられるということだろうか。そしてそれは段位などとはまた別のところにある、と。

「良いお茶というのは、誰でも分かる。でも良くなるお茶というのは、自分で作らないと、経験しないと、なかなか分からない。お茶の難しいトコですね。だから審査技術大会は、お茶を知るのにはためになりますが、それがイコール仕事に結びつくかと言うと、また別なんです」