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日本の万年筆
小野萬年筆

小野妙信

< 2016年08月21日 >

万年筆を愛し、求める人は、必ずどこかで「モンブラン」に行き着くものです。「モンブラン」は、今でこそスイスのリシュモン・グループに属していますが、もともとは1906年、ドイツで作られた万年筆ブランド。どんな万年筆を入口に選ぼうとも、万年筆を求める道に踏み込んだ以上、「モンブラン」は避けて通れない、絶対的存在です。

さて一方、大阪・谷町に佇む「小野萬年筆」を切り盛りしている小野妙信さん。1976年にダイヤ産業大阪営業所(当時の日本におけるモンブラン万年筆の輸入元)に入社して以降、定年まで33年、カスタマー・サービスとして、万年筆のペン先調整を担ってきた、ペン先調整の重鎮です。彼が定年後、開いたお店が「小野萬年筆」。万年筆におけるペン先調整について、そして小野さんの“第二の人生”の象徴でもある「小野萬年筆」について、インタビューにお付き合い頂きました。




小野妙信「お店をやろうというのは、定年になる、ずっと前から考えて準備をしてました。やってることは、サラリーマン時代と一緒なんですよ。もちろん万年筆の販売とかっていうのもありますけど、基本、お客さんと一対一で向き合って、この人の用途に合う万年筆は、どんな万年筆だろうかとか、この人のクセに合わせるには、ペン先をどう調整するかとか、クリニックする感じです」


書く時のクセというのは十人十色、ひとりひとり異なるもの。小野さんはお店に来られたお客さんのクセを素早く観察、分析し、調整をおこないます。

小野「すぐ分かりますよ、この人のクセはこうなんだって。来て頂いて、まずお名前や住所を書いてもらうんです。最初の一行って、お客さんも緊張して、格好つけた字を書くというか、クセを出さないようにするんです。でもそれは持続しませんから、二行目以降は、どうしてもクセが出はじめる(笑)。それを見て、じゃあこの人には、ペン先をこうした方が良いだろう、とか判断します」

「万年筆の持ち方だって本当に様々で、ペンを外に向ける人もいれば、内側に向ける人もいる。ひとりひとり違うわけです。やっぱりそこはサラリーマン時代の延長線上というか、サラリーマン時代の経験が活きます。もうずっと、何十万本とペン先を調整してきましたから」



お店の中には、「モンブラン」、「ペリカン」などの万年筆が陳列されています。大抵の万年筆店では、若干の値引きが当たり前ですが、「小野萬年筆」では、いっさい値引きをせず、一貫して定価販売。今の時代、どれだけ安く売るかに熱をあげる店も珍しくありませんが、小野さんのサービスのポイントは、値段ではないようです。

小野「全部定価です。その代わり、ウチで売った以上、責任もって、私が現役でいる限り、面倒を見ます。だからメーカーのカタログにはあるけど、ウチに置いてない商品というのは、(その万年筆用の)専用工具がなくてペン先を外せない、分解して調整できないとかで、私が面倒見きれない商品です(笑)。出来ること、出来ないことがはっきりしているのも、サラリーマン時代の経験があってのことです」

「万年筆って、昔は調整して販売するのが当たり前でしたが、今はほとんど、そうじゃない。そうするとお客さんには、不具合が起きて問い合わせしても、コール・センターの人がマニュアル通りに対応するだけだったり、お店の人に訊いても要領を得なかったりで、不足が起こる。お客さんは、技術者と話がしたいんですよ。こういう不具合がありますけど、どうにかなりませんか、と。万年筆は大事に使えば、次の代に充分引き継げますから、そういうサービスは重要なんですよ。そこが、ウチの存在価値かな、と」



「小野萬年筆」のペン先クリニックのサービス対象は、お店に陳列されている商品だけではありません。父母や祖父母から受け継いだ万年筆を持参するお客さんも多いのだとか。さて、この「小野萬年筆」、小野さんのサラリーマン時代の延長線上でもあり、大きく異なるものでもあるそうで・・・

小野「サラリーマン時代の付き合いが、代理店だとか色んなとこにあるでしょ? だからお店を始める時も、名前入れの機械とか設備面も、面倒を見てくれる人が結構いたんです。『小野さん、店やるんかいな。ほな、コレ使うてや』言うてね(笑)。お店始めるにあたって、僕個人は、ほとんど何もしてないんちゃうかな(笑)。ちゃんと仕事して、ちゃんと人と付き合うって、大事やな、と思います」

「お店を始めて、改めて気付いたんです。こんなに仕事好きやったんや、って。サラリーマンをやってると、上司への報告書だとか雑務があって、どうしても職人に徹しきれないじゃないですか。会社(モンブラン)が買収されたりすると、当然、組織や制度が変わったりして、古くからいる人間にはツラいこともある。正直、定年までの最後の3年間は、全く楽しくなかった。でも今は、仕事ができる毎日が楽しくて仕方ない。忙しい時は、休みが全くないなんて時があるけど、全然苦しくないんです。僕の場合、筆記具が好きと言うより、仕事が好きなんですね」