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■ 3月31日から4月29日にかけて、時計をフィーチャーいたします。







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東北の食
大七酒造 杜氏

佐藤孝信

< 2016年03月21日 >

「東北の食」をフィーチャーするに際して、福島県の大七酒造にて杜氏を務める佐藤孝信さんにお話をうかがいました。酒類製造工として、「福島の名工」(県が認める技能者)にも選ばれた、福島を代表する酒の職人です。

ステレオタイプと言われれば返す言葉もありませんが、東北、福島と聞いて、真っ先に思い浮かべるのは、やはり東日本大震災です。2011年3月11日に起こった未曾有の大災害。ぶしつけながら、佐藤さんの「あの日」について、まずは訊いてみました。



大七酒造・社屋外観

佐藤孝信「あの日(2011年3月11日)は、震度6の激しい揺れに見舞われました。幸いなことに、分厚いコンクリート壁に囲まれた堅牢な酒蔵に被害はほとんどなく、貯蔵酒にも、普段から震度5以上の地震を想定して管理してきたために、破損は1本も無かったです。ただ、ちょうどその時にビン詰め最中だった商品は、製造ラインから落ちて、相当数が破損しました」


御身がご無事で何より。しかし部外者として真っ先に気になるのは、その後の風評被害です。福島県が、宮城県や岩手県など他の被災地と異なるのは、福島では原発事故が起こったからと言えましょう。震災直後には、東京電力や政府の後手に回った原発事故への対処。国際原子力事象評価尺度(INES)においては、最も深刻なレベル7への分類。これらによって、福島をデンジャラス・ゾーン扱いする向きは今も根強くあります。

佐藤「確かに、営業部員たちには苦労もあったと思います。なにしろ福島県で造られた酒というだけで不安がる人もいたわけですから。けれど、大七を応援してくださる方々は、いつもそれ以上にいてくださったんです。お陰様で、震災後、売上が落ちたことはありませんでした。海外への輸出など、震災以前よりも、むしろ伸びています」


なるほど、震災後は、義援金やボランティア、東北で作られたモノを積極的に消費しようとするなどポジティヴな動きが見られたのは事実です。ただ、それだけで売上が落ちない、輸出量が上がるなどは到底あり得ません。企業努力、もっと根本的なことを言えば、質の良い商品を造り続けなくては、良好な結果に結びつかないはずです。取りも直さず、大七酒造で造られる日本酒の美味と高品質を意味するわけですが、ここで大七酒造でこだわっている「生もと造り」において苦心されている点などを伺ってみました。


大七酒造・木桶仕込み蔵

佐藤「生もと造りは、複雑な微生物の遷移を利用した醸造法なので、早湧き、湧き遅れなどで品質が一定しないリスクがあります。また、独特のコクがある酒を得られる反面、一歩誤れば酒質が重くなる場合もあります。そこで山卸作業の加減や、その後の温度管理を試行錯誤しながら工夫することで、生もとの長所である濃醇味を生かしながら、飲み口を軽快に、現代人の嗜好に合うものに、出来るわけです」


ここでは「生もと造りって普通の日本酒の造り方と違って大変なんだ。濃厚でコクがあるけど、それを飲みやすい仕上がりにするのに苦労するんだ」くらいに思って頂ければ重畳です。べつになげやりになっているのではありません。専門用語が大切なのではなく、職人が苦心して、ユーザーに美味しい日本酒が提供できている、ということが肝心と考えるからです。どれだけ苦労を語られても、美味しくないお酒なんか飲みたくないじゃないですか。

佐藤「生もと造りの純米酒は旨みが豊かで燗上がり(お燗で飲むと、より美味しくなること)します。ですからお燗をお奨めします。生もとでも、吟醸系のお酒は冷酒が良いですが、あまりキンキンに冷やしすぎないことです。冷たすぎては、せっかくの味わいの豊かさが活きてきません」


暖気入れ(酒母の温度を調整すること)を行う佐藤杜氏