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■ 3月31日から4月29日にかけて、時計をフィーチャーいたします。







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編集余談

何年か前に『夢を見るとき脳は』(紀伊國屋書店、二〇二一年)というサイエンス・ノンフィクションの本が出た。海外の心理学や認知科学の教授によって著された、人が睡眠中に見る夢についての最新の研究成果だった。同書は「夢とは睡眠中に出現する一連の思考、心象、情動である」と夢を定義した。でもこれ、本当なんだろうか?

この前置きからご賢察のように、今回は私が最近見た夢の話である。二〇二四年四月一日月曜日の朝、どうにも奇妙な夢を見た。それについて書く。

夢の舞台はごくフツーの中学校か高校の校舎。私はたぶん学生だった。カメラアイは私の視点。つまり私から見た景色しか映らないので、自分の姿は見えない。だからたぶん私は学生だったのだと推量するしかない。

校舎内はわいわいとしている。おそらく、学園祭か体育祭かに向けて演し物をみんなで作っているのだろう。授業や部活という感じではなかった。私は教室の外の狭い廊下で、なんやかんや(よく覚えていない)していた。覚えている限りの窓の景色から推察するに、私がいたのは三階か四階だろう。私の眼前である廊下には、大小いくつかの木製看板が横たわっていた。

そこに中学の時の同級生Nさんが登場する。もちろん女子。同級生がわいわいとしている中、私は彼女に封筒を手渡した。中身は分からない。これ、また後で読んどいてよ、みたいなことを言って渡したと思う。忙しなくしている隙をぬってのことだから、そんなに時間はかけないでさっと渡した。私もNさんも忙しかった(のだろう)し。

現実の世界でこのNさんに手紙を出したことはない。もちろん、恋愛沙汰にもなっていない。当時私が在籍していたクラスでは、月に一度くらいの頻度で、くじ引き制で席替えをしていた。まだ少子化が始まる前だったからか、男女の数はおおむね同じだったので、男子と女子が隣り合わせになるのが自然だったのだが、その席替えの際に、私はよく彼女の隣の席になったと記憶している。確か連続で彼女の隣になることもあった。

だもんだから、お互いに面識がないわけではない。喋ったことももちろん何度もある。文字通り近しい間柄だったから、好意だって少なからずあった。でもそれは「好きか嫌いかで言えば好き」くらいのもので、恋愛に発展するようなものではなかった。彼女が私のことをどう思っていたかは分からない。たぶん「アホがおる」くらいにしか思っていなかったのではないか。大体において中学生男子なんて、同い年の中学生女子から見たら「思慮のかけらもないアホなサル」でしかないだろうから。

中三になると、彼女とは別のクラスになった。そのまま、つまり彼女とは何もないまま、中学校生活は幕を引いた。高校生になると、彼女のことはもう頭になかったと思う。高二で携帯電話を持ったこともあり、何人かの女とのやりとりに明け暮れていたから、Nさんを思い出す余裕などなかったはずである。彼女と再会したのは、確か大学生の時だったと記憶している。地元の駅前の本屋が潰れて、そこにコンビニができた。ある日私が客として何気なく寄ったら、そのレジに彼女がいたのである。びっくりしたと同時に、再会できて嬉しくもあった。とはいえ、その後何回か寄ったけれど、男女関係には(やはり)ならなかった。そのコンビニもやがて廃業し、ソフトバンクの店になって久しい。今彼女がどうしているかも分からない。結婚してもう苗字がNではなくなっている可能性も十分ある。

夢に話を戻そう。

夜になったのだろう。外は暗くなっている。廊下も、電気は点いているものの薄暗くなってきた。それでも私も同級生も、廊下や教室で賑やかにしている。と、そこで不意に私に黒い封筒が誰からか渡された。なんか落ちとったで、ということだったのかは定かではない。ファンシーなピンクのうさぎのキャラクターでデコられた黒い封筒。どう見ても俺のちゃうやろ。そう思ったが、その黒封筒を取り敢えずポケットにしまい、作業に戻った。後で帰る時に、「これ誰か落とさへんかったか?」とみんなに訊けばいいだろうし。

薄暗い廊下で演し物の準備に精を出す私。そこへNさんがやってきた。暗がりだから表情はよく見えなかったが、聞くと、私が先ほど渡した封筒がどこかに行って見当たらないんだけど、ということらしかった。私の手元には、得体の知れない黒い封筒がある。あ、ここにあるからいいよ。私はそう偽った。もう口頭で伝えた方が早かろう。彼女に用件(それが具体的に何なのか、自分でもよく分からないのだけど)を伝えようと、私は彼女を廊下の突き当りまで連れていった。突き当りは電灯も月明りも及ばず暗かったけど、実際に手紙を読むわけではないから、支障はない。赤塚不二夫の葬儀でのタモリよろしく、手紙を読むふりをしてアドリブで告げよう。正体不明の黒い封筒を開ける私。

と、私がアドリブで言葉を発しかけたその時、教室の方から大声が響いた。火事だ! と。私と彼女が教室をのぞくと、窓の向こうにめらめらと燃える大きな炎が見えた。火事だ、逃げろ! 私は彼女や同級生にそう大声で告げ、何をしようとしたのか、消火器も持たずに火のもとへ単身駆け寄った。火災現場は空手道場を思わせるだだっ広い部屋で、出入口付近では見たことないヒゲ面のおっさんが酒瓶を握ったまま、ぐうすかと寝ている。絵に描いたような酔漢である。しかしこのおっさんはどうでもいい。火事はどうなった? 幸い生徒が何人か消火器を火にかけていて、大事に至らず炎は小さくなり消えた。一件落着。そこで私は目を覚ました。

ホント、あの夢は何だったんだろう。つくづくそう思う。とても科学的に分析できるシロモノとは思えないけどなぁ、とか。


(三坂陽平)