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■ 4月30日~5月30日にかけて、「日本の模型」をフィーチャーします







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編集余談

こんにちは。今回は文章を書いたり編集したりしている中で感じる、ちょっとした疑問というか、もしかしてあれってこうなの、という他愛もない話です。余談ですよと断っているので、別にそれでも構わないかと思うのですが。

文章を書くときって、皆さん一人称をどうするものでしょうか。私は「私」です、というとどうにも哲学っぽいですが、要するに「私」を多用しています。もちろん人によっては「ぼく」であったり「俺」であったり、あるいは「それがし」や「筆者」という場合もあるかと思います。

ただ、じゃあそれが現実世界ではどうかというと、ほとんど使いませんよね。男性の多くは「俺」だと思います(私も普段は「俺」です)。「ぼく」という人はあまりいない気がします。女性の場合は「私」もいれば「うち」の人もいるし、自分のことを「わし」と呼ぶ女性だっていますよね。それが悪いことだと言うつもりは毛頭ありませんが、書き言葉と話し言葉が一致するなんてことはなかなかないのが大半ではないでしょうか。

で、私の場合だけかもしれないんですが、よく考えてみると一人称すら使わない例がたびたびあるのです。たとえば寝るときには「もう寝るわ、おやすみ」と言います。どこにも一人称がありません。英語だと「I’m going to bed, good night」でしょうか。必ず一人称がありますよね。

でも日本語だと一人称が邪魔くさい。たとえば「俺はもう寝るわ」だと、妻にセックスに誘われた旦那が、疲れているからもう寝ると宣言しているようで、どうにも勝手で無愛想な印象があります。

「が」だとどうでしょうか。これも「俺がもう寝るわ」となるわけで、なんかご大層なニュアンスが漂います。まるでヒーロー気取りの男が人外魔境に決死の覚悟で飛び込んでゆくときの声明のような。毎晩そんな宣誓をしていたら、言う方も言われる方も疲れ果てそうです。

二人称もそんなに使わないですよね。たとえば女性とライヴに行って、終演後に感想を訊ねようと思ったら「どうやった?」と言います。これが「君はどう思ったか?」になると、ちょっと圧迫感があるので使いにくい。

そもそも異性の二人称にまず悩みます。だって「お前」とか「君」って、関係がそこまでじゃないと何だか馴れ馴れしい。かといって「あなた」というのもオカマっぽいし、相手を遠ざけている感じがあります。「貴様」とか「てめぇ」なんて論外ですよね。なんで用があるたびにケンカ腰にならなきゃいけないのか。「ねぇ、ハニー」なんて口が裂けても言いたくないし。

本屋に行くと売れている本のポップがあります。吉野源三郎が1930年代に上梓した『君たちはどう生きるか』が、今ベストセラーになっているらしい。ジブリで映画化されるというニュースで火が点いたようです。

でもこれとて、もしも二人称を外して『どう生きるか』がタイトルだったらどうでしょう。なんか悶々とした感じというか、人生相談を持ちかけられているようなタイトルです。これじゃたぶん売れなかっただろうし、そもそも後世にまで残っていなかったのではないかと思います。こっちの方が言葉としては現実に則しているのかもしれませんが、真摯に訴える感じがタイトルから消えてしまう。

今の時代は、西洋の影響もあって「自分」や「個人」が肝心だと言われます。だけど私達が普段日本語を使っている事例から考えるに、自分と相手の分別を前面に押し出すのは「うっとうしい」「かしこまっている」と感じる感性が日本人の底流にあるような気がするのです。実際の対人関係では、そんなに「自分と他人」を明確にせずに、なぁなぁでまずまずの所で行きませんか、というのが日本流と言えるのかもしれません。大阪では相手のことを「自分」と言ったりしますから。

もしかして「私」は邪魔なのかもしれない。こう書くと家庭内弱者のお父さんの嘆きみたいですが、少なくとも日本語が標準仕様である環境においては、そうなのかもしれないな、と。


(三坂陽平)