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■ 7月31日~8月30日にかけて、「九州の調味料」を取り扱います







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編集余談

何年間か前、教育評論家の尾木直樹さん(通称尾木ママ)のコメントを、記事中に引用したことがありました。そのときは本当にたまたま目についただけで引用したので、当然そこに深い意味はないわけです。しかし読む人によっては「こいつは尾木のフォロワーじゃないのか」と思われるかもしれません。まぁこれは仕方ない。

ただ尾木直樹さんにとどまらず、教育評論家、その他様々な場所で教育を語る人のほとんどに対して、私はフォロワーというよりアンチなスタンスでいます。積極的な味方にはなれない、というか。

というのも、私は教員免許も持っていない、教育に関しては素人の門外漢なのですが、その私から見ても教育評論家というのは実際の教育現場では役に立たなさそうだからです。評論家に限らず、教育を語る人のほとんど(教育評論家、政治家、官僚、ニュース・キャスターなど)はほぼ定型的に「今の教育はここがいかん。改善の必要がある。改革だ!」という類の文言を、霊験あらたかな呪文のように繰り返すだけなのです。ほとんどがこの定型におさまる。そしてそこに生産性は一切ない。

実際、教育においては、教育改革をするから今の児童・学生は改革が済むまで自宅待機だ、なんてわけにはいかないはずです。それこそ教育を受ける権利の剥奪に等しい暴挙です。そんなことができるわけがない。よって、本当に日本の教育に何らかの致命的な陥穽があることが確実だと認められるなら、頼りにするべきは現場の先生の皆さんしかいません。文科省も教育委員会もマスコミも評論家も、教育の現場に対しては完全に無能、無力なのです。

しかし上記の定型を繰り出す人達がやっていることは、現場の先生を殴る蹴る、いわば無抵抗な相手をいたぶる一方的な暴力に等しい。リンチもいい所です。だって現場の先生達は、本質的には無力であるはずの評論家、マスコミ、政治家に対して反論の機会が実質的にないのですから。それで現場の士気が上がるか? 上がるわけありません。だから生産性がないと言っているんです。

教育を戦場にたとえてみます。先生達は最前線で戦う兵士で、現場は混乱しています。モンスター化した保護者、オレサマ化した(いわば消費者気取りの)生徒、保身ばかりの無能な教育委員会、横暴で無理解な文部科学省、さりとてどのマスメディアにも味方が見当たらない。自分達は何のために戦っているのだろうか(教師をしているのだろうか)と途方に暮れたくなるでしょう。当然士気は下がる一方です。これでは教育の改善など望むべくもない。

『尉繚子』いわく「それ必ず救うの軍あるものは必ず守るの城あり、必ず救うの軍なきものは必ず守るの城なし」とか。籠城において、援軍のあてがある城は守りきることができるし、援軍の来るあてのない城はいくら守りが固くとも、最後には落城するという教えです。この日本の現状では、先生達は瀕死のはずです。しかし援軍はどこにも見えない。その意味で日本の教育は崩壊(落城)寸前なのかもしれません。今現場に必要なのは、「お前らのここが駄目なんだよ、改革しろ」なんてクレームや野次の類ではないでしょう。断じて。

前述のように私は教育の素人です。今の日本の教育に改善が必要なほど問題があるのかどうかなんて判りません。しかし素人目にも、教育評論家、政治家、官僚、保護者その他マスコミの「教育の現場」に対する姿勢の方がとりあえず問題なんじゃないの? という気がするのです。


(三坂陽平)