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『ドラえもん のび太と夢幻三剣士』
『ドラえもん』の要素は、この映画に集約されている

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言わずと知れた国民的アニメ(←この言い方は嫌いなのですが、そう表現する以外ないでしょう)『ドラえもん』。彼が持つ「ひみつ道具」と、彼が世話をするのび太くんの人並みはずれたダメっぷりをもって、陸海空を問わずいろんなところで大冒険を繰り広げるのが、映画『ドラえもん』。1980年に初の劇場作品が公開されて15周年になる記念碑的作品『ドラえもん のび太と夢幻三剣士』(1994)は、藤子・F・不二雄が亡くなる前に築き上げた、『ドラえもん』の集大成と言える作品なのです。

なぜそう言い切れるのか。個人的にそう思うから、というのだけではありません。ここでは三つの理由をもって、その証明をしていきたいと思います。

生前、藤子・F・不二雄は、自身の描く「SF」は「サイエンス・フィクション」ではなく、「少し・ふしぎ」と公言していました。その少し不思議な世界観は、正に『~夢幻三剣士』そのものです。今回の舞台は夢の世界ですが、フツウの夢ではなく、「第二の現実」としての世界ですから、すんなり現実逃避の行き先には成りえません。そこでも少年たちは葛藤や苦労を経なくてはならないのです。そんな夢へと少年たちが送り込まれるプロセスも、「少し不思議」なものとなっています。


また、映画という娯楽作品である以上、冒険は必要不可欠であり、少年たちは多少なりとも勇敢であったり、冒険をしたがったりする理由が必要であります。ですが、普段ネコ型ロボットの世話になってようやく半人前のダメ人間・野比のび太がどうしてその大役を務められましょう。ともすればご都合主義になりかねないこの動機付けにおいても、『~夢幻三剣士』ではごく自然に展開します。その物語の組み立て方は、余分な挿話やダレるシーンなどまったくなく、見事としか言いようがありません。

そして、藤子・F・不二雄の他の作品とも共通して言えるのですが、「ちょっとコワイ」。これは前述の「少し・ふしぎ」の裏返しでもあるわけですが、この「ちょっとコワイ」スパイスが、最初から最後まで効いています。ために、作品を観終わった後にも、スッキリとした爽快感だけではなく、葛湯のようにドロッとしたシコリが心に残ります。視覚的な恐怖ではなく、物語として何処かコワイ。そんなテイストもまたこの作品の魅力であることに、異論を挟む余地はないでしょう。

『ドラえもん』は、ドラえもんという22世紀から送られてきたロボットが、ダメ少年・のび太を全うな人間へと成長させるべく教育する、というのが基本姿勢です。その基本に忠実に、かつ、上記の三要素を満たし一級の娯楽作品へと昇華させた『ドラえもん のび太と夢幻三剣士』は、まさに『ドラえもん』の、ひいては藤子・F・不二雄の要素を集約させた作品であるわけです。


作品情報

・製作総指揮: 藤子・F・不二雄
・監督: 芝山努
・脚本: 藤子・F・不二雄
・原作: 藤子・F・不二雄
・配給: 東宝
・公開: 1994年3月12日
・上映時間: 99分







 

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