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■ 2月28日~3月30日にかけて、「日本の伝記」を取り扱います







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『アメイジング・トシコ・アキヨシ』
ジャズ・ピアニストの日本代表・穐吉敏子の処女作

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現在、日本には実に数多くのジャズ・ミュージシャンが、プロ・アマを問わず存在し、中には、「海外留学でジャズを学んだ」「海外に滞在して叩き上げで来た」というような触れ込みで箔をつけるミュージシャンも多数見かけます。

ですが、彼らが海外で経験を積むなどがスムーズに出来るようになったのは、ひとえに「穐吉敏子(あきよしとしこ)の存在があったからだ」と言えます。この人が居なければ、多分戦後の日本ジャズ史は大きく変わっていたでしょう。渡辺貞夫や上原ひろみの活動内容もかなり変わってくるでしょうからね。日本人が海外でジャズを学び、海外で活動してゆく道を切り拓いた、パイオニアないしはレジェンドと言える存在なのです。

『アメイジング・トシコ・アキヨシ』
1953年11月13、14日:録音
NORGRAN RECORDS

01. 恋とは何でしょう
02. 風と共に去りぬ
03. 幸福になりたい
04. トシコのブルース
05. シャドラック
06. ソリダード
07. スクォッティー・ルー
08. ローラ
穐吉敏子は戦後、駐留軍キャンプ等でジャズ・ピアノを弾き、1956年に26歳の歳で単身渡米、日本人として初めてバークリー音楽院(現・バークリー音楽大学)へ入学しました。卒業後も海外で精力的に活動をおこない、アメリカのジャズ系音楽雑誌「ダウンビート」上の読者投票、および批評家投票で5年連続1位を獲得(夫君との共同名義)したり、グラミー賞に14回ノミネイトされたり、1997年に紫綬褒章を受章したり、1999年に日本人として初めて「国際ジャズの殿堂」入りを果たしたりするなど、名実共に日本を代表するジャズ・ミュージシャンとしてのキャリアを積み重ねてきました。

つまり彼女の音楽は、そのまま「日本のジャズの代表格」といえるものばかりな訳ですが、そんな中でも取り分けてマスターピースといえば、多くは『孤軍』(1974)などを選ぶでしょう。しかしここで紹介するのは『アメイジング・トシコ・アキヨシ』。彼女が海外留学する前に発表した、彼女の処女作です。


1948年に彼女は上京し、1952年にはカルテットを組んでいたのですが、そんな折、来日していたオスカー・ピーターソン(「鍵盤の皇帝」と云われる、ジャズ界の重鎮ピアニストです)が彼女の才能を見初め、レコーディングを推薦。かくして、彼女の処女作『アメイジング・トシコ・アキヨシ』はレコーディングされました。1953年、穐吉敏子23歳の時の出来事でした。

デビュー作にはその人のすべてがあらわれます。ミュージシャンにとっては自分の名刺となるものですし、2度目があるのかも分かりませんしね。全身全霊全力を尽くしてレコーディングに挑んだ彼女のプレイは、実際、後の彼女の大いなる飛躍を予想させる素晴らしいものです。今からなら何とでも言えるわい、とは言わずに・・・(笑)

フレーズのバネ、曲を選ぶセンスの良さ、心地好いリズム、そして何より卓越したオリジナリティ。若さゆえの勢い、というのも多少はあるでしょうが、日本を代表するジャズ・ピアニスト、そのすべてが詰まっている、彼女の原点たる作品です。これを聴かずして、日本のジャズは知り得ない・・・というのは言い過ぎでしょうか? でも、それぐらいアメイジングな作品なんですよ。







 

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