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『ブルー・セレクション』
ジャズで再構築される、井上陽水とその楽曲

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旅においては、もちろん旅程や行先も大事なのですが、実は「出発点」に戻ることこそ肝要なのではないかと思うことがあります。矛盾を孕んでいることは先刻承知ですが、この「出発点」がないと「旅」の概念が成立しない。だから往々にして私たちの旅は、乱暴な言い方をすれば、「出発点を出て出発点に戻ること」と言えるのではないでしょうか。

井上陽水が2002年に発表した『ブルー・セレクション』は、陽水の過去の楽曲をジャズ・アレンジでカヴァーした、いわゆるセルフカヴァー・アルバムです。陽水楽曲と陽水のヴォーカルにジャズは決して不釣り合いではない。が、それでもこんな疑問はあったと思います。「なんで今頃ジャズよ?」って。陽水は実はその丁度10年前、1992年にもセルフカヴァー・アルバム『ガイドのいない夜』を発表していたからです(発売日も『ブルー・セレクション』と同じ11月20日でした)。

私はこう考えます。陽水にとって『ブルー・セレクション』は、彼が人生行路にて産み落としてきた自作曲たちを「出発点」に戻す儀式だったんじゃないか、と。

別に陽水がブルーに生まれついた(「Born to be Blue」)と言いたいのではありません。肝心なのは、この『ブルー・セレクション』と『ガイドのいない夜』の間にはもうひとつのカヴァー・アルバム『ユナイテッド・カヴァー』が存在したことだと思うのです。『ユナイテッド』は2001年に発売された、陽水が影響を受けた昭和歌謡をカヴァーしたアルバムでした。

『Blue Selection』
井上陽水


2002年11月20日 発売


1. 飾りじゃないのよ涙は
2. 鍵の数
3. ダンスはうまく踊れない
4. 映画に行こう
5. 嘘つきダイヤモンド
6. Final Love Song
7. ワカンナイ
8. 灰色の指先
9. カナリア
10. 海へ来なさい
11. 最後のニュース



ジャズというと、今でこそカフェ・ミュージックあるいはインテリが気取って聴く音楽などのイメージがあるかと思います。それはそれで現在的印象として別に否定されるものではありませんが、戦前戦後の時代におけるジャズは大衆歌謡、つまりポップ・ミュージックだったのです。再び乱暴な言い方をすれば、昭和歌謡の基底にはジャズがあった、ということです。

私の推測ですが、陽水は『ユナイテッド』の制作段階で、昭和歌謡に通底するジャズという要素に、あるいはジャズ的なものを取り入れることに惹かれた。いったん「昭和歌謡のカヴァー」を形にした陽水は、今度は自分が作ってきた楽曲を━━そこにはもともと昭和歌謡、つまりジャズの要素が伏流していたということもあろう━━ジャズ的枠組みに収めてみたいと思った。かくして陽水は翌年『ブルー・セレクション』を産み落としたのではないかと思うのです。

『ブルー』の宣伝活動で陽水は、歌番組「ヘイ! ヘイ! ヘイ!」にも出演。ダウンタウンのお2人と楽しげにトークをしていたのが印象に残っています。披露したのは「飾りじゃないのよ涙は」でした。当時十代後半でジャズなんか皆目縁がなかった私は「はぁ~、こういうのがジャズなのかぁ」と思いながらテレビを観ていました。そういった思い出もあって、ジャズを聴いてみる入口としてこのアルバムは凄く適していると、今でも信じています。

国内のジャズものにありがちな、バックを固めるミュージシャンは全員外国人、なんてこともありません。全員日本人です。ドラムズに山木秀夫、キーボードに小島良喜など、いずれ劣らぬ精鋭ばかり。その点でも、実は「日本のジャズ」として優れた作品ではないかと思っています。

冒頭、旅においては「出発点」に戻ることこそ肝要と述べました。陽水が自作曲を「出発点」に戻す儀式として作り上げた『ブルー』は、陽水のキャリア上、極めて重要な意味を持つ作品なのではないでしょうか。むろん私の推論ですが。


井上揚水 オフィシャル・サイト






 

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