日本語 | English

■ 3月31日から4月29日にかけて、時計をフィーチャーいたします。







Atom_feed
開明墨汁
もっと、もっと、もっと速く?

LINEで送る

今回マナ板に載せるのは(それほどたいしたマナ板ではありませんが)埼玉県さいたま市にある開明株式会社、そこの看板商品として、百年以上もロングセラーであり続けている「開明墨汁」です。なるほど、確かに文房具は「物を書くための道具」ですから、墨汁は間違いなく文房具の一種ではある。あるんだけれども、正直に申し上げて、ボールペンや鉛筆あるいはシャープペンほどの馴染みはないんじゃないでしょうか。そういう気がします。

おそらく、大抵のご家庭にはボールペンの一本や二本は探せばあるでしょう。学生だったら、筆箱にシャープペンや替え芯が常備されているのはそう珍しくない。でも墨汁が常備されている家となると、ちょっと見つけ難くなるのではないか。カバンや筆箱に墨汁を日頃から忍ばせている学生というのも、割合としては少数派でしょうし。

文房具が「物を書くための道具」であるなら、私にとって最も身近な文房具はパソコンのキーボードになります。パソコンを持っていない人であれば、多分ケータイになるでしょう。

私は携帯電話をもう十数年持っていません。その理由の一つは、ケータイで文字を打っていると、いらいらしてしょうがないからです。精神衛生上、非常によろしくない。インクが二秒おきにしか出ないボールペンで文字を書いているような苛立ちが、ケータイの文字入力には宿命的に付きまとうのです。これはフィーチャーフォンでもスマートフォンでも変わりません。携帯電話を持っていた学生の時分に、そのケータイを地面(アスファルト)に叩きつけたことがありましたけど、あれはたぶん、文字を打つまどろっこしさに耐えかねてそうしたのではなかったかと思います。もう二十年くらい前のことなのでよく覚えていませんが。

でもキーボードだと、そのストレスはそんなにないのです。慣れたらすらすらと打てる。だから私は、文房具としてはパソコンを愛用しています。もちろんこれは個人的な好みであって、安易に一般化できるものではありません。ただ文房具においては「どれだけスピーディーに書(描)けるか」が、時として非常に重要になってくるということはあると思います。

それを踏まえて、開明墨汁の話に移りましょう。



開明墨汁(黒)
容量:70 ml

先述のように、開明墨汁は開明社がプロデュースしている墨汁です。一目瞭然ではありますが、この社名と商品には、強固な連関性というか、一心同体感があります。開明墨汁を作っているから開明社なのであり、開明社が作っているから開明墨汁なのである、みたいな。

同社の祖=田口精爾はもともとは教職員でした。時は十九世紀末の一八九〇年代。パソコンやケータイはおろか、ボールペンだって世の中にない時代です。鉛筆だって、全国的に普及したのは二十世紀に入ってからのこと。ですから、学校で物を書こうと思えば、毛筆で書くより他に方途がない。そして当時は、毛筆で字を書くには、その前段階で墨をごしごしとすって、墨汁をそれぞれに作り出さないといけなかったのです。

時代は明治であり十九世紀末。ヨーロッパに追いつき追い越せの一点張りで、何もかもが目まぐるしく変化する、日進月歩の世界です。だから教師であった田口はこう考えます。物を書く際いちいち墨をすらねばならないというのは、限られた学習時間が勿体ないではないか。最初から液体状になった墨があれば大幅に時間を節約できるのに、と。

そのやり切れなさをどうにかしたいと思った(のでしょう)田口は、教壇を離れて、東京職工学校(のちの東京工業大学です)に入学し、化学の研究に励みます。当時の技術水準では固形以外の墨などありえなかったわけですが、それを化学的に解決して、液体状の墨を開発できないかと考えたのですね。具体的には、コロイド(牛乳に代表される、拡散速度が遅く結晶化しにくい物質)を中心命題に研究を重ねたということです。

トライ&エラーを繰り返し、一八九八年、田口はとうとう液体状の墨を完成させました。テクニカル・イノヴェーションです。明治は「文明開化の時代」と言われますが、そういう時代性を象徴させるかのように、この墨汁は「開明墨汁」と名付けられ、巷間で大ヒットしました。パソコンもボールペンもない時代ですから、商家の帳簿づけなども漏れなく毛筆です。だから、墨をすらなくてもいい、この墨汁さえあればいいというのは、多くの人にとって紛れもない福音だったのです。そりゃヒットは当然でしょう。

「文房具においては『どれだけスピーディーに書(描)けるか』が、時として非常に重要になってくる」とは、こういうことでもあるわけです。

田口は開明墨汁を売り出す際に「田口商会」という組織を作りました。それが九十年後の一九八八年、社名変更して開明社になり、現在に至る。「卵が先かニワトリが先か」でいうと、彼らの場合は開明墨汁ありきなのですね。

さて、明治から百年以上の歳月が流れて、今ではパソコンやケータイが主たる文房具となっています。スピードだけでいうなら、筆を墨汁につけて字を書くより、キーボードやパネルを叩いた方が、明らかに速いからです。やり直しも容易に効きますし。つまり現代では、「実際に手を使って文字を書く」機会は総体的に少なくなっている。その良し悪しはここでは論じません。ただ、現状がそうである以上、この開明墨汁も、開発された十九世紀末の時分と比べたらニッチなアイテムになっていることは確かだと思います。今後どうなるのか、それは「私達はこれからも明治以来の方向性を踏襲するのか?」という問いに関連する話にもなってくるのでしょうが、そこまでは分かりません。







 

MONO消しゴム
優れた消しゴム、なのか?

ロルバーン
二十世紀は遠くになりにけり