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餓鬼草紙
UFOが平安京に降りる?

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「餓鬼草紙」とは、読んで字の如く、餓鬼を描いた草紙である。成立したのは平安時代。弥生時代から平安時代前期にかけての日本は、当時先進国であった中国や朝鮮の文化的影響を、色濃く受けていた。その影響のひとつが、仏教の伝来であった。仏教は古代インドで成立し、その後、中国経由で日本にもたらされた(発祥の地であるインドでは、仏教よりヒンドゥー教のほうが根付いたらしいが)。



『紙本著色餓鬼草紙』第3段「食糞餓鬼図」
東京国立博物館蔵
出典:Gaki-Zoushi.jpg
from the Japanese Wikipedia
(2007年9月24日)

古代インドでは輪廻転生、すなわち「生まれ変わり」が当たり前に信じられていた。インドは昔からカースト制度、つまり身分制度がはっきりしている。そこでは「床屋に生まれついた男は生まれ変わっても床屋」という具合に、生まれ変わっても身分は変わらないとされていた。その輪廻転生の思想を背景にすればこそ、身分は固定され続け、社会はある意味での安定を得る。

仏教の祖、ゴータマ・ブッダはその輪廻を断ち切った。正確に言えば、輪廻を断ち切るという思想を手に入れた。「私は私であり、私でしかない。もう私は生まれ変わらない。私が死んだら、私はいなくなる」という、現代日本では当たり前になっていることをブッダは宣言した。仏教の「解脱」とは、輪廻転生というシステムからの脱却を意味するのである。

しかし、ここは日本である。古代インドでは、なるほど、そういう「解脱」が救いの思想で、同時にカースト制度の根底を揺さぶる革命思想でありえたかもしれない。では、そもそも輪廻転生というシステムがポピュラーではなかった日本ではどうなるか? まず「生まれ変わり」というアイデアを根付かせねばならない。そこで、生きているときに悪事を働いたら、地獄で閻魔大王に裁かれるとか、生まれ変わっても来世で人にはなれず鬼や畜生になる、などの物語が仏教を布教する過程で伝えられた。

「長々と何の話をしとんねや?」ではあるが、要するに、この「餓鬼草紙」は宗教画の一種であるということである。



西洋の宗教画の一つ『受胎告知』
レオナルド・ダ・ヴィンチ作
出典:Annunciation (Leonardo) (cropped).jpg
from the Japanese Wikipedia
(2019年2月16日)

と言われてピンとくるだろうか? 私はこない。西洋の宗教画なら、神による救済や、いわゆる「最後の審判」や「受胎告知」など宗教的なテーマが描かれていて、なるほど、宗教画であるなと納得もしやすい。しかし「餓鬼草紙」には、これといって聖性や悲惨さを感じない。餓鬼は表情豊かに描かれていて、なんとなればユーモラスですらある。「なんだか餓鬼は餓鬼で楽しそうだな」とすら思えてくる。

そうして、この餓鬼は私が観たことのある何かに似ているなと思う。

もしかすると、これは手塚治虫や藤子・F・不二雄が描いていた宇宙人なのではないか。唐突ではあるが、私はそう思う。20世紀の日本で人口に膾炙したマンガ。そこでは科学技術の目覚ましい発展を背景にしたSF(サイエンス・フィクション)の色が濃厚であった。人類は宇宙へ飛び出し、やがて人間以外の知的生命体と邂逅する。宇宙人の登場である。

もちろん、誰も宇宙人を見たことはない。ないと思う。少なくとも、手塚や藤子・F・不二雄が宇宙人と遭遇したという話は聞いたことがない。でも、見たことがないはずの宇宙人を、マンガ勃興期の漫画家達は、表情豊かに描いた。それは見たことがないはずの餓鬼を表情豊かに描いた平安時代の絵師(画工)に通じるのではなかろうか。

「それ」は平安時代には「餓鬼」と呼ばれた。やがて千年の時が流れ、20世紀の日本では「宇宙人」や「エイリアン」と呼ばれた。そういうものなのだろうと思う。はたして千年後、31世紀には何と呼ばれているだろう? 私にはわからない。生まれ変わったら見れるのかもしれないけどね。






 

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