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■ 9月30日から10月30日にかけて、「郷土料理」をフィーチャーします







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火焔型土器
縄文時代も現代も変わらない、男の性質

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「火焔型土器」━━名前からしてなにやら物々しいが、写真のそれを見ても、やはり物々しい。出し抜けに見せられると「うおおっ」と唸ってしまいそうなルックスであり名前である。なんたって「火焔型」である。ワイルドだろぉ?

火焔型土器は縄文土器の一種で、縄文土器は縄文時代に作られた土器のことである(土器とは、簡単に言えば「粘土細工を焼いたもの」のこと)。



火焔型土器

新潟県十日町市笹山遺跡出土
十日町市博物館蔵(国宝)

出典:Kaen type vessel of
Sasayama-iseki.jpg
from the Japanese Wikipedia
(2009年9月8日撮影)




縄文時代とはいつのことか。私だって実際にそこで過ごしたわけではないからよくわからない。けれど、だいたい紀元前14000年頃から前1000年頃とされているらしい。火焔型土器は、縄文時代中期のものとされているから、まぁ今からざっと数千年ほど前に作られたということなのだろう。

その頃の人間は、いったい何を思ってこんなものを作ったんだろう。火焔型と言うけれど、本当に火焔を模したのかどうかはわからない。そもそも、これらを誰が作ったのか、誰もわからない。つまり「作者不詳」。作者も不明だし、この土器が「何」なのかもわからない。しかし、後世の「手がかりなし」状態から見ても、この土器はなんだか禍々しいと言うか、おどろおどろしい。これは燃え盛る炎をモチーフにしたと言われたら、そうだろうなと納得してしまう。それだけの「説得力」がある。

とはいえ、である。陶芸家の多くが「土は嘘をつかない。作品は必ず作り手の内面を反映する」というようなことを言う。恐らくそうなのだろう。それなら火焔型土器の形状も「作り手の内面を反映した結果」のはずである。少なくとも、火焔型土器が最初に作られたときは、そうだったはずである。では、このおどろおどろしさは、どんな「内面」に由来するのか。

当時は、すでに漁業や農耕も、その原初的なものはあったという。ということは、人間の集落が食糧を安定的にキープできていた━━少なくとも狩猟や植物採集しか食糧を確保する手立てがなかった時代に比べれば、食糧事情は安定していたはずである。

それは集落に住む人々に、恐らく「秩序」と「余暇」をもたらす。食糧を安定的に得るためには集落のシステム化が必要で、それはある程度の秩序がないと維持できない。場を乱さない、他人の足を引っ張らない、自分勝手な行動は慎む、などの秩序は、この時代の集落にすでにあったろう。そこでは「食いっぱぐれなくて済む」代償として、それらの秩序の遵守が義務付けられる。



火焔型土器

新潟県津南町堂平遺跡出土
京都大学総合博物館展示(企画展示)

出典:堂平遺跡出土 深鉢形土器
火焔型土器.JPG
from the Japanese Wikipedia
(2017年9月17日撮影)
それが、かったるくてうっとうしい。そう感じる人もまた一定数いたと思う。そういう人は余暇を活用して、あまり他人と関わらずに済む「創作活動」に勤しんだ。なにしろ食糧事情が安定していて、集落も(表面上は)穏やかに機能している。それなら時間的な余裕はいくらかできたはずである。

ただ、余暇があっても、遊んでばかりいては集落の「ご近所さん」に対して、やはり後ろめたい。そういう人は「じゃ、ちょっと土器でも作って、近所に配ろうか」という名目で、創作活動に勤しんだのではないかと思う。定年後、時間に余裕のできた老人が近所のドブを自主的に掃除するような感じで。

「火焔型土器」はディテールが細かい。土器を実用品としてのみ考えるなら、このディテールは明らかに不要である。たとえば、土器を炊飯に使うとして、こんな細かい模様付けが要るかと言えば、まず要らない。

要らない以上、このディテールは「作者がディテールに凝りたくてそうした」はずである。それは創作時間に余裕があったからこそであろう。簡素な土器なら簡単にできるが、それでは「時間潰し」にならない。

火焔型土器があんなにおどろおどろしいのは、そこに作者の「後ろめたさ」や「フラストレーション」が籠められたからではないか、だからあんな刺々しい形状になったのではないか━━古代史や考古学の素人である強みで、私はそういう仮説を立てる。

もうひとつ素人の推測を加えるなら、これを作ったのは恐らく男である。女ではない。なぜか? 時間が余った場合、女は集落に暮らす他の女と井戸端会議をしていたと思うからである。それはストレス発散のためばかりでなく、出産や育児に関する貴重な情報を交換し、集団の生存率を全体的に高めるためでもあった。現代の「ママ友」から類推すればそうなる。

しかし、集落にうっとうしさを感じるような男は、そうした女の輪にも入れはしない。そういう、全体から見ればミスフィット(はみ出し者)な男は、他人とはあまり関わらず、自らの「内面」を具現化したような土器を作った。縄文時代も現代も変わらず、男は「無駄な所に凝る」し、孤独になりがちなのかも知れない。






 

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