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『ブラック・ジャック』
手塚治虫の不朽の名作。その他に何か?

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サブタイトルの通りです。その他に何か言うことがありますか、と。

ご承知の通り、手塚治虫は30年前に鬼籍にられましたが、今もなお「漫画の神様」と呼ばれているほどの巨魁です。『ゴルゴ13』の作者、さいとう・たかをさんや、アニメーターの宮崎駿さんをはじめ、当今マンガやアニメに携わる人で、手塚治虫からの影響を全く受けていないと言える人は、まぁほぼ皆無でしょう。

『ブラック・ジャック』は1973年にスタートした、手塚治虫のキャリア後期の代表作です。ブラック・ジャックと呼ばれる、半分白髪の暗そうな雰囲気を漂わせる無免許医が、世界を舞台に医療的営為を展開してゆくマンガ。単行本の累計発行部数は1億を超えるほどだそうです。すごいですね。

手塚治虫と言えば『鉄腕アトム』だろう、と言う人もいると思います。世代によってはそうなるでしょうね。歌手の山下達郎さんなんかも、「アトムの子」という歌を作ったくらい『アトム』に影響を受けたわけですから。でも私としては、『アトム』ではなく『ブラック・ジャック』を揚げたい。それは私の好みというのもありますが、手塚の講演録である『ぼくのマンガ人生』(岩波新書)の中で、ご本人が以下のように語られていたということもあるからです。少し長めですが、引用させて頂きます。

「(前略)『鉄腕アトム』がぼくの代表作と言われていて、それによってぼくが未来は技術革新によって幸福を生むというようなビジョンを持っているように言われ、たいへん迷惑しています。アトムだって、よく読んでくだされば、ロボット技術をはじめとする科学技術がいかに人間性をマイナスに導くか、いかに暴走する技術が社会に矛盾をひきおこすかがテーマになっていることがわかっていただけると思います。しかし、残念ながら、一〇万馬力で正義の味方というサービスだけが表面に出てしまって、メッセージが伝わりません」
(同書、p73~75)

どうですかね。たぶん大多数の人は『アトム』を読んだことがないでしょう。私もありません。けれどキャラクターとしては知っている。それはマスコミが作り出した上記のようなイメージが強く、深く、今日に至るまで浸透しているからです。私たちの血肉になっていると言ってもいい。それは、今となってはどうしようもありません。私たちは「アトムという虚像を作者の企図から切り離し、曲解し、祭り上げた世間」に属してしか生きられないのです。少なくとも当座は。そんな現況においては、彼の代表作として『アトム』を揚げることに逡巡を禁じ得ない。それが正直なところなのです。

では、なぜ『ブラック・ジャック』なのか。手塚治虫の作品に流れるテーマというのは、だいたい同じです。生きていて良かった。生命の尊厳。彼は戦争中、空襲を経験しています。もう助からないと思っていたけど、なんとか終戦を迎え、生き長らえた。そのときの実感が、彼の数々の作品のボトムを支えています。言い換えれば彼は、手を替え品を替え、同じテーマを演出してきたわけです。同書にてご本人がそうおっしゃっていましたから。宮崎さんはそれを「昭和二十年代の作品では作家のイマジネーションだったものが、いつの間にか手管になってしまった」(※)と批判したわけですが。

『ブラック・ジャック』もその一つですが、少し毛色が違います。なんせ外科医が主人公ですから、生命というテーマを体現するには直接的すぎるのです。その分、そのテーマを深く掘り下げられる。あるいは外科医の葛藤という形で揺さぶりをかけられる。作中でも「医者は何のためにあるんだ」といったジレンマが描かれています。手塚治虫が生涯をかけて描いてきたテーマ。それが濃縮されたのが『ブラック・ジャック』だと思うのです。

手塚治虫の不朽の名作。私も少年の時分、多大に影響を受けました。


※宮崎駿『出発点』徳間書店、1996年、p233

作品情報

・作者:手塚治虫
・出版:秋田書店
・連載期間:1973年11月~1983年10月






 

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