日本語 | English

■ 5月31日から6月29日にかけて、「エッセイ」をフィーチャーします。







Atom_feed
『地方消滅』
なぜ「消滅」するのか?

LINEで送る

本書は厳密に言えばエッセイではないだろう。二〇一四年に刊行されたルポルタージュ、と表現した方が正確かもしれない。でもここではエッセイとして進める。別に私が本書をエッセイと呼んだからといって、天地がひっくり返るとか、富士山が噴火するとかがあるではない。誰に迷惑がかかるでもない。それならどういうジャンルに分けようが、まぁいいではないか。見逃してくれ。

著者は元建設省官僚の増田寛也(一九五一~)で、本書は刊行され世に出るやベストセラーとなり、二〇一五年には新書大賞を受賞した。間違いなく増田の代表作であろう。出版から十年が経った二〇二四年には、その後の人口動態を踏まえての論考を叙した『地方消滅2』がリリースされた。

内容はどういうものか。本書は「日本の人口動態」をベースにした著者の論考をまとめている。〇〇年代後半、これまで増加の一途だった日本の人口が本格的に減少に転じた。もう人口は増えない、減るばかり。その過程で少子化と高齢化が加速する。それが何をもたらすかといえば、地方の村や町の「消滅」である。本書が告ぐのはそれである。考えてみれば当たり前の話で、老人ばかりで子供が少ない地方はやがて消えることなる。老いた人は遅かれ早かれ死んでいなくなるし、若い人は廃れた地域からは出ていく可能性が高いからである。

そうなるという予測自体は、そんなにセンセーショナルなものではない。少子高齢化など、前世紀末から「近々そうなりますよ」と広く喧伝されていたことである。でも日本の世間は(概して言えば)それにあまり本気で向き合ってはこなかった。少子高齢化かぁ、まぁそうなるんだろうなぁ、大変だろうなぁ。その程度の認識で、時間を無為に過ごしてきた。そのツケがいよいよ二〇一〇年前後になると如実に押し寄せてくる。それで「このままだと、具体的にこういう具合に大変なことになりますよ」という警告の意もこめて叙されたのが、本書であろう。

この本がヒットした要因はいくつか挙げられようが、おそらくタイトルのインパクトによるところが大きい。なにしろ「地方消滅」である。消滅という禍々しい言葉を、敢えて大々的に冠しているところが凄い。私が編集者だったら、穏当に「地方衰退」くらいに留めておきそうである。でもそんな煮え切らない態度では、なかなかインパクトには繋がらない。

エマニュエル・トッドというフランスの人類学者は、人口動態を主軸にした研究を重ね、ソ連崩壊やトランプ政権の誕生を予言した。つまり人口動態というのは、経済や風俗などに比べて未来予測の確度が高いのではないか。学問には縁遠い素人の目にはそう見える。余談ながら、エマニュエル・トッドと増田は同じ年の生まれである。

未来予測の確度が高いということは、簡単にはどうこうできないということでもある。だから日本政府や地方自治体が「少子化対策」と称していろいろな政策を実施してきたが、どれも奏功しなかった。事実、少子化に歯止めがかからないまま、今日まで至っている。そういう意味合いにおいて、私はこれまでの少子化対策を「対策」と位置づけてはいない。何の効果も見えない対策など、対策ではないと思うからである。意地の悪い言い方をすれば、政治家や役人の「取り敢えず仕事をやりました感」の演出でしかないとさえ疑っている。民衆から集めた税金を使ってそんな無益なパフォーマンスをされても、困るんですけどね。

それはともかく、人口動態はそんなに簡単にどうこうは変わらない。それなら人口動態をベースに社会システムを変えていくしか方途はなかろう。話はシンプルだが、それが実現できるかというと、なかなか難しい。日本の人口問題は「少子化」だけでなく「高齢化」も孕んでいる。多くの場合、高齢者は現状の社会システム(既存の年金制度など)に依存して生きているから、彼らの人権や生活に配慮する以上、社会システムの大胆な変革などそうそうできない。私はそう思っている。

本書は、都会では人が増えなくなると説く。東京都や京都府の人口再生産率はたしかに低いから、なるほど、人は「都」では増えにくいことは納得が行く。広い意味で言えば、メソポタミアから始まる歴代の「文明」が洩れなく滅びたのも、そういうことかもしれない。文明は(長い目で見れば)人を増やさず、減らす。栄枯盛衰とはよく言ったものである。

でも日本の場合、今や地方だって立派な文明都市である。おおむね上下水道は通っているし、どの県にもコンビニがある。北海道の田舎にもイオンモールがあるし、鹿児島でも無線LANが使える。これなら地方が都市化したと言って言い過ぎではあるまい。都市化したからこそ、地方は「消滅」に瀕しているのではないか。私はふとそんな風に考えてしまった。

作品情報

・作者:増田寛也
・編集:増田寛也
・発行:中央公論新社





 

『災間の唄』
小田嶋隆が呟く、2011~2020年の日本