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『痴人の愛』
これも愛、たぶん愛、きっと愛?

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以下の質問は、まぁだいたいバカな十代の男子だった頃、男なら誰でもされたことのある質問ではないだろうか。「おまえはSとMでいうと、どっち?」

まずは自分の事から話すのが筋というものだろう。私の場合は「Sじゃないかな」と答えるか、場合によっては「両方あるんじゃない?」などという場的にはまったく盛り上がらないお茶を濁す回答をしていたと記憶している。総じてS寄りというわけだが、現在でもその嗜好は変わっていないように思う。人に何かされるより、アタマを使って何かする方が自分にとって悦楽だからだ。


というわけで、私にはMの男の気持ちは皆目見当がつかない。つかないのだが、それでもマゾというフォーマットの上の愛というものを伝える、谷崎潤一郎の小説であり本人曰く「私小説」でもあるという『痴人の愛』には、どうしようもない哀れみと愛おしさを、せつないくらいに感じるのだ。

物語はある男の回想から始まる。あるところに28歳の電気技師の男がいた。彼はこれまで女性と交際した経験がなく、当然結婚もしていない。別に素行に問題があるというわけではなく、勤務態度も真面目で、ひと通りの貯金もある。彼は、結婚に対してある夢を抱いていた。まだ年端もいかない少女をわが手で理想の女に育て上げ、お互いにホレ込んだ所で結婚する、という夢を。

早い話、この男は『マイ・フェア・レディ』をやりたかったわけだが、ある日チャンスは訪れる。彼はカフェでナオミという十代半ばの美しくも貧しい娘に出会った。男はどうにかナオミを引き取り、ある洋館を借りて2人で暮らし始めた。手を出さず、寝室も別。何処に出しても恥ずかしくない、立派な淑女に育て上げよう。男は夢に燃えていた。

しかし、期待とフンドシは向こうから勝手にはずれるもの。ナオミとて人間であり、女である。決して言いなりの「お人形さん」ではないのだ。確かに美しく色気もある女性へと成長を続けてはいるのだが、どうにも貞操観念がナオミにはなく、他の複数の男たちと関係を持っていることを男は知りゆく。嫉妬と怒りに駆られた男はナオミを自分のもとから追いだし、彼女のことを忘れようとするが・・・

詳細は、そして結末は読んでからの何とやらだが、この話は不幸な男の話でも、ましてや悪女の話などでもないことがわかっていただけるかと思う。まぎれもなく、痴人の「愛」の物語なのである。哀れかもしれない、けれどどうしようもなく幸福でもある、愛の物語。


作品情報

・作者: 谷崎潤一郎
・発行: 新潮社(1947年)







 

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