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『だめだこりゃ』
いかりや長介のメモワール

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いかりや長介(1931-2004)が、2001年に上梓したメモワール。2003年には新潮文庫化。

いかりやさんと言えば、ドリフターズのリーダーとして有名な人だと思うのですが、これも世代によるのかもしれません。ある世代にとってはベーシストとしての印象が強いかもしれませんし、私より若い世代にとっては、渋さを売りにした役者さんといったところかもしれない。というか、亡くなられて、もう15年も経つんですね。つまり「いかりや長介」を知らない世代が━━彼らはそもそも「ドリフターズ」自体を知らないことになるのですが━━、ぼちぼち台頭してきているわけで。

別にそういう世代をどうこう言うつもりはありません。でも、今の30代から上の世代の人たちにとって、いかりや長介という人、あるいはドリフターズというグループの存在は、決して軽くはなかったのではないか。そう思います。軽くないというか、この人の悪口を進んで言う気にはあまりならない。上述の世代の大多数がそう思うんじゃないでしょうかね。

私だってドリフのほとんどを知りません。1999年末、荒井注を含めたドリフの6人が集結しました。富士フイルム「お正月を写そう」のCM撮影のためです。でも当時高校生だった私には、その意味が解らなかった。なんか1人、余計なおっさんがいるな。そう思っていました。荒井さんがドリフを脱退したのは、私が生まれるよりずっと前ですから、無理もなかったんですが。ただ、団塊の世代であるうちの両親などには、それなりに感じ入る所があったんじゃないかと思います。そのCM放送から約2ヶ月後、荒井さんは肝不全で鬼籍に入られました。

『だめだこりゃ』は、荒井さんや、ジミー時田という故人への弔辞から始まります。そしていかりやさん自らの生い立ちが語られ━━それは取りも直さず、ある男子にとっての戦前から戦争中、そして戦後が語られることになるのですが━━、やがて楽団員としての活動、ドリフターズ加入、そして晩年、俳優活動にシフトした経緯などが語られます。文体は、いかりや長介そのものです。ああ、いかりやさんが語っておられる。読んでいてそう思いましたもの。鼻水が止まらなかった。

私を含め、ドリフに(陰に陽に)影響を受けた人に嬉しいパートがあります。ドリフのメンバーに言及されている部分です。編集部から注文があったのか、あるいはいかりやさんご自身が、このメモワールに求められる所を充分解っておられたのか、そこは判じませんが。ともあれ、いかりや長介がドリフのメンバーについてコメントしているというのは、やはり有り難いポイントだと思います。たとえば以下、高木ブーに関する叙述の一部分。

「音楽的にはブーちゃんが一番しっかりしてた。和音のとり方、コーラスの作り方とか基本がしっかりしていた。私は四流ハワイアンだし、仲本なんて音楽のうちに入らない。仲本の歌は音楽を冒瀆している。私と同じで、歌わない方がいい。人類のためだ。ブーちゃんの音楽性の高さといってもドリフターズの中で一番というのにすぎないんだけど。」
(同書、p118)

また、その仲本工事について。

「『全員集合』がはじまって一年弱、一九七〇(昭和四十五)年七月、加藤が交通事故をおこした。加藤本人も怪我したのだが、同乗者二人にも怪我を負わせていたので、治療と謹慎で出演を自粛させた。ようやく『全員集合』が軌道に乗ったところでの加藤の離脱は大きかった。いじめられ役の加藤が基本的にお客を摑んでいたのだから、それに変わる働きを誰かにさせるしかなかった。荒井は強烈な個性だったので簡単に動かすことはできない。ブーは世界が滅ぼうと氷河期がやってこようとあのキャラクターであり、あの位置づけだ。
 仲本にやってもらうしかない。
 仲本はその代役を完璧にこなした。お客からの声援は仲本に向けられ、視聴率も観客数もまったく減らさなかった。加藤は数週間で復活したが、それ以降はいつもの仲本に戻った。やりゃあ出来るヤツなんだ。しかし、めったなことではやる気になってくれなかったが。」
(同書、p123-124)

個人的な思い入れに過ぎませんが、どうしても鼻水が出ちゃうんですよね。だめだこりゃ。

作品情報

・著者:いかりや長介
・発行:新潮社






 

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