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『ヒット曲の料理人 編曲家・船山基紀の時代』
編曲とは? 船山基紀とは?

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船山基紀。およそ日本のポップ・ミュージックを(大なり小なり)掘り下げたことのある人なら、誰でも知っている名前であろう。日本のポピュラー音楽界においては、そういう重鎮的な存在である。しかし、実際の彼がどんなものかとなると、さほど知られていない。なぜなら彼は編曲家で、つまり裏方だからである。船山基紀とはなにものなのか? 船山の自伝『ヒット曲の料理人 編曲家・船山基紀の時代』(リットーミュージック、2019年)は、それを伝えるものである。

過日、作曲家の筒美京平が他界した。テレビのニュースなどでその訃報に触れた方も多いのではないかと思う。1960、70、80、90、00年代と、およそ半世紀にわたりヒット曲を生み出してきた希代のメロディ・メーカー。筒美を紹介するとなれば、恐らくこういう紹介の仕方になると思うし、そこに致命的な間違いがあるわけでもない。

けれど、十分な紹介だとも思わない。なぜなら、筒美はキャリアの初期においては編曲家、つまりアレンジャーとしても活躍していたからである。オリコンによると、彼が編曲を手掛けた作品の総売上枚数は約3747万枚。編曲家としては歴代4位(2020年10月時点、以下同)である。「CDバブル」が謳われた90~00年代に活躍した葉山たけしや佐久間正英、小林武史よりもヒット曲を出した編曲家。筒美にはそういう側面もあったのである。

とはいえ、そういう側面はマス・メディアでは紹介されにくいだろうな、とも思う。なぜなら一般のカタギの人(の大半)にとっては「編曲って何?」であろうから。作曲は分かりやすい(かも知れない)が、編曲となるとその実態が今一つ想像つかない。そういう人は多いと思う。分かりにくいネタは敬遠されるだろう、と。

編曲というのはどういう仕事なのか? それはこれを読めば自動的に分かる、というのが、この『ヒット曲の料理人』シリーズである。シリーズ1冊目は、歴代3位の編曲家、萩田光雄の自伝。そして2冊目が歴代2位の船山のもの。どちらから読んでも、おおむね問題はないと思う。どちらも全盛期の筒美が、自作曲の編曲を任せたほどの、名うてのアレンジャーである。

「じゃあなんであんたは船山の方だけ紹介するんだ?」と問われれば、私としてはこう答えるしかない。だって萩田光雄って、今世紀に入ってからはあまり馴染みがないから。もちろん、今年(2020)の純烈のシングル曲の編曲を手掛けていたりする、現役の編曲家であることは承知している。萩田を貶める意図は断じてない。ただ、個人的に縁遠い、というだけである。意見には個人差があります。



萩田光雄が編曲を手掛けた、井上陽水の「恋の予感」(1984)

対する船山は、未だに多くの人に馴染みがあると思う。たとえば、2018年にリリースされたキンプリ(キング&プリンス)のデビュー・シングルとて、船山のアレンジであったりする。ジャニーズのグループのデビュー曲ということで、まるで既定路線かのように、初週で50万枚以上を売り上げ、オリコン週間チャート1位を獲得した。



キング&プリンスのデビュー曲「シンデレラガール」(2018)
船山は「明るく華やかで希望に溢れた(中略)アレンジを施した」と語る。

船山が編曲家としてデビューしたのは1970年代。有名なところで言えば、中島みゆきの初期の代表作「時代」や「アザミ嬢のララバイ」は、船山が編曲を手掛けた。そこから実に半世紀近く経っても、船山はナンバー1・ヒットを手掛けている。これは率直に、凄いとしか言いようがないと思う。

自伝には、船山のアレンジャー人生が細かく記されている。先に挙げた筒美京平は、船山にとってどんな存在だったのか。先輩であり師匠でもある萩田光雄を、船山はどう思っているのか。自伝の合間には、船山がこれまでに仕事で関わったプロデューサーや歌手へのインタビューや対談なども並べられている。読み進むうちに、戦後、日本のポピュラー音楽業界がどのような変遷を遂げてきたのか、つぶさに見えてくる。

また、船山が濃く関わってきたジャニーズの面々についても、結構なページを割いて語られている。田原俊彦の歌い方ってそうだったんだ、とか、SMAPが一時期アメリカ録音にこだわっていたのってそういう事情だったんだ、とかも、淡々と紹介されている。ポピュラー音楽に親しむ者にとって、貴重な証言であると思う。もちろん、奇しくも本書の発売と同年に他界した、ジャニーズ事務所の総帥、ジャニー喜多川についても語られている。

惜しむらくは、編集面で穴が多いことである。たとえば170~171頁では同じ文章が(4行ほど)重複している。また、巻末にある船山の編曲作品リストでは『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破 オリジナルサウンドトラック』の発売が、2007年になっている(正しくは2009年)。初版以降では修正されているのだろうか?

作品情報

・著者:船山基紀
・発行:リットーミュージック





 

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