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■ 7月31日から8月30日にかけて、「エッセイ」をフィーチャーします。







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『後ハッピーマニア』
まるで純文学みたいではあるけれど

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1995年、マンガ家の安野モヨコ(1971-)は『ハッピー・マニア』というマンガの連載を始めた。同作の主人公は20代の女、重田加代子で、重田は「幸せになりたい」という一心で、節操なくあちこちの男性と遍歴を繰り返す。やがて物語は、紆余曲折を経て2001年、重田がウェディング・ドレスを着たところで一応の幕引き。世紀末の混沌そのものと言えそうな物語は、世紀末が終わるに追従して終結した。

翌2002年、作者の安野は、1995年に放映されたテレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』シリーズの総監督、庵野秀明と結婚。安野にとって重田は恐らく「極端にデフォルメされた同世代の女」になるだろうが、ともあれ作者も作中の主人公(重田)と連動する形で結婚に至った。その後、安野はマンガ家として活動を続けるも、2008年に休業宣言を発表。2013年に『鼻下長紳士回顧録』で連載作家としてのカムバックを果たし、以降は(若い時よりは)落ち着いたペースで活動を続けている。

2017年、安野は『ハッピー・マニア』の後日談を描いた『後ハッピーマニア』を読み切りの形で発表。これが好評だったのか、読み切りで描いた内容を一旦脇に措き、2019年に『後ハッピーマニア』を祥伝社の『フィール・ヤング』誌で連載開始。以降、現在(2022年1月)まで断続的に連載中となっている。

要するに、よくある「昔の人気作品の続編」であるが、なんで今頃になってという疑問はさておいて、ここでは、『後ハッピーマニア』の概要を述べていく。

安野にとって重田は「極端にデフォルメされた同世代の女」だと前述した。である以上、作中の重田も現実時間に則して、それなりに歳をとっている。前作のラストからもかなりの時間が経過している。作中の重田は45歳(読み切り発表時点での作者と年齢的に近い)。もはやまごうことなき中年女で、そんな彼女は亭主「タカハシ」から離婚を切り出される。

重田は、唐突に離婚を切り出されて困る。子供もいないし、夫の稼ぎを頼りに生計を営んできた彼女には、ろくに職歴がなく、職に活かせるスキルもない。20代の頃とは違って、45歳になった彼女には、次のパートナーを探す「恋愛」にこぎつけることさえ難しい。彼女は都会の女で、都会の男の大半は彼女を「女」として見ないらしいのである━━地方なら嫁のあてがない中高年の男は珍しくもないから、また事情は違ってくると思うけれど。

前作からタカハシは重田にゾッコンだった。何があっても別れない。その熱意を信じればこそ、重田はタカハシとの結婚生活を続けてきた。そのハシゴが、ある日、思いがけない形ではずされた。ろくでなし女が男に甘えきって、その男から「いい加減にしろよ」と三行半を突き付けられるのは、ままある話かもしれないが、物語の主題は、それをされた女の「その後」なのである。

つまり『後ハッピーマニア』が読者に投げかける問いは、「独り身の中年女はどうやって生きて行くのか」であると言えよう━━まるで純文学みたいではあるけれど、別にマンガが純文学をやって悪いわけじゃなし。

と同時に、この物語の序章(あるいは物語の前提)から逆説的に浮かんでくるものもある。それは結婚した女にとっての「ハッピー」である。

恐らく、結婚した女にとっての幸福とは「この現状が揺るがずに続くこと」なのであろう。自分の立場は「妻」として、または「母親」として確立された。ならば何を思い煩うことがあろう。あとはそれがずっと続けばいい。タカハシから離婚を切り出される前の重田は十分にハッピーで、その状況が覆された。ドラマはそこから始まるのである。

現実は別に「揺るがずに続く」ものでもない。重田に起こった青天の霹靂は、どういう女にも起こり得る。職に活かせる資格やスキルを有している女でも、現代ではAIに雇用を奪われる可能性とて大いにある。それなら、「独り身の中年女はどうやって生きて行くのか」は、どういう女にとっても切実な問いであろう。

ただし先述のように、これは都会に固有の事情で、地方では話が違ってくる。地方によっては40~50代は若手に分類されたりもするし。だからこの物語にどのくらい普遍性があるのかとなると、ちょっとよく分からない。

作品情報

・作者:安野モヨコ
・発行:祥伝社





 

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