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『巡礼』
橋本治がゴミ屋敷を通じて語る「戦後」

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著者、橋本治は昨年(2019)1月に亡くなった。その訃報が届いてしばらくのち、毎日新聞の書評欄で養老孟司は橋本のことを「団塊の世代を代表する作家、思想家だったと言って過言ではないであろう」と評した。おお、そんな凄い人だったのか。故人の本を読んだことがなかった私はそう思い、同年秋、故人の評論を何冊か読むに至った。たしかに凄かった。面食らったと言ってもいい。こんな凄い人がつい最近まで生きていて、そして失われてしまったのか━━と。

読み進むうち、橋本は自らを思想家や評論家ではなく、あくまで小説家と位置づけていることを知った。故人は歴史研究、時評、古典の現代語訳からイラストレーション、はては薩摩琵琶の作詞まで、さまざまなジャンルにボーダーレスに関わっていた。そしてそれぞれにおいて、本職の人顔負けの成果をあげていた。ただし、周囲からの評価はどうあれ、少なくとも本人は小説家を本職としていたのである。ふうん。じゃあこの人は、どんな小説を書いていたんだろう? 私はなんとなくの興味を持ち、『巡礼』を手に取った。なぜ本書にしたのか。根拠はない。なんとなくである。

前置きが長くなったが、要するに私は今年(2020)になって初めて橋本治の小説を読んだのであり、本作がその「初めての橋本治の小説」だということですね。

読んだ。やはり面食らった。なんだこりゃと思った。とにかく、説明に次ぐ説明なのである。テレビドラマで言えばほとんどナレーションというか。内田樹は橋本のことを「天才的に説明が上手い人」と評していた。それはそうかも知れないが、それにしたってここまでやるか、と思った。版元の新潮社によると、本書は橋本治の初めての純文学作品であるらしい。はぁ、こういうのが純文なんだ。あてこすりではなく、無学な私はぼんやりとそう思うばかりなのである。ちなみに橋本は自身の小説を「19世紀的リアリズム」と語っていたが。

さて、内容である。話は「ゴミ屋敷」「家族」「巡礼」の三章から構成されている。全体としては、平穏に見える、ありふれた住宅街の一角に佇むゴミ屋敷の話である。その建物には住人が毎日やたらとゴミを溜め込んでいて、腐臭、悪臭が凄い。付近の住民にはたまったものではないが、そこは住人の私有地で固定資産税も毎年ちゃんと払われている。迷惑防止条例も(どういうわけか)適用されない。つまり役所には手の打ちようがないのだが、それで付近住民の迷惑が収まるわけでもない。

第一章ではゴミ屋敷の住人は登場せず、その周辺に暮らす主婦達の様子が丁寧に描かれる。私自身はゴミ屋敷の近くに住んだ経験はないが、読んでいると、近隣住民にはこういうのってたまらないよなぁと、しみじみ思う。彼女達の語りから、ゴミ屋敷の住人は無職の独居老爺であること、そして彼とはコミュニケーションがなかなか図れないことが明らかになる。

第二章、カメラはようやく「ゴミ屋敷の住人」にフォーカスする。その老爺は来る日も来る日も自宅にゴミを集めている。それが何のためかはわからない。というか、もしかしたら本人にすらわかっていないかも知れないことが、暗示される。なんだそりゃ、ではあるが、そもそもこの老人は何者なのか。やがて「あるもの」をキッカケに、話は時間を大きく遡り、老爺の回想録の様相を呈する。男は昭和一桁の生まれで、名を忠市というらしい。語られる忠市の人生は、そのまま「戦後」という時代とも連動している。この章では、ゴミ屋敷の主の人物像がこまやかに造型されていく。

話は第三章で現代に戻ってくる。ここではもう読者は忠市の素性や過去を理解している。ただし事態は第一章から何も変わっていない。だからこそ話は現実的に、しかしダイナミックに動いていく。忠市はなぜ自宅をゴミ屋敷にしてしまったのか。忠市や近隣住民、ゴミ屋敷は果たしてどうなるのか。そしてタイトルの「巡礼」は何を意味するのか。すべては第三章に集約されている。ぜひ実際に読んで確かめてみてください。

橋本は「時代性」を重んじていたらしく、様々な時代のことを論じた。そして晩年には「多分、人はどこかで自分が生きている時代と一体化している」と喝破した。では、本書が執筆された00年代後半とはどんな時代だったろう。団塊の世代の大量退職が言われた時代だ。橋本と同時代を生きた人達が、社会からぞろぞろと退いた時代。そのタイミングで橋本は「戦後」を小説として描いた。この小説はそういうものでもあるのかな、と読後しばし思いを巡らせた。

橋本さん、素敵な小説をありがとうございました。

作品情報

・著者:橋本治
・発行:新潮社





 

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