二十世紀後半においてはアメリカの国防システムの一環だったインターネットが、前世紀末に冷戦が終結したのに伴い、全世界に普及したのが二十一世紀初頭のこと。二十一世紀も四分の一が過ぎようとしている二〇二五年の今では、良くも悪くもインターネットは私たちの生活、労働、社会に必要不可欠なものとなっている。このことに異論を唱える人はいないだろう。そんな中ふと思うのは、実生活ではともかく、ネット上のやりとりにおいては、関西弁が標準語あるいは第二標準語くらいのポジションを占めるようになっているよなということである。当今、ネット上に現れる匿名の日本語話者たちの多くは「~なんよ」とか「~やん」といった関西弁をクリシェ的に常用する。これは二十世紀の頃からは想像もつかなかった状況であろう。少なくともネット黎明期の九〇年代後半には、方言を多用するネットユーザーはほぼ絶無だった(と思う)。
この変化が良いことなのか否かは分からない。私自身、生まれも育ちも大阪で関西弁ネイティヴなのだが、それでもネット上では関西弁より標準語を使っているので、なんでみんなそんなに関西弁を使うんやろかと、ただ不思議に思うばかりである。とはいえ、ネットを通して全国津々浦々の日本語話者の多くが一昔前に比べて関西弁に馴染んでいるのは間違いないはずで、それならこの本が今一度脚光を浴びてもいいのではと思って、今回俎上にあげる。丁度今から二十年前、二〇〇五年に上梓された『関西弁で愉しむ漢詩』である。
内容は表題からお察しの通り。漢詩を関西弁ネイティヴ(上梓された二〇〇五年当時、大阪在住だった)の著者が関西弁に意訳して、現代に生きる日本人に通じやすくして伝えるのが本書の基本的結構である。
日本史にあるように、中国は長い間日本の事実上の宗主国だった。だから漢学に通じることは、日本人にとって大事な「教養」だった。ところが前世紀半ば以降、つまり第二次世界大戦後になると、日本にとっての実質的な宗主国は、中国ではなくアメリカだということになってしまう。昭和末期のクイズ番組が「ニューヨークに行きたいか!」と大声で国民に呼びかけ、熱狂的支持を獲得したことからも、それはよく分かるだろう。
戦後に生きる日本人は、ロックンロールやハリウッド映画、USJなどアメリカ由来のカルチャーに耽溺する一方、漢語や漢詩など中国由来の文芸にはほぼ縁がなくなった。当今、日本人の多くは漢詩を「自分と無縁なよく分からないもの」と位置づけているはずである。
しかし本当にそうなのか? 古の漢詩を詠んだ人達とて、私達と同じ、生きて対人関係についてああだこうだ思ったり、大自然を目の当たりにしてなんとも言えない感情を胸に抱いたりした人間なのである。何より漢詩は長年「日本の実質的な宗主国」だった中国に生じた文芸の一種である。つまり今日まで伝わる日本の精神や文化に大いに通じるものがあることは疑いの余地がない。にもかかわらず、漢詩を「自分に無縁なもの」と位置づけ放置するのは、日本人としてあまりに無知性、無教養なあり方ではないか? そう思ったかどうかは藪の中だが、ともあれ本書は「日本の子供」に向けて出版された。
著者は桃白歩美。出版元は子どもの未来社で、同社が発行する「寺子屋新書」の中の一冊である。奥付を見るに、同シリーズの十番目らしい。同社のサイトで確認すると、本書は「ソールド・アウト」となっているから、恐らく現在は絶版となっているのだろう。
子どもの未来社って聞いたことないな。そう訝る人も多かろうが、前世紀末の二〇〇〇年に東京で設立された小規模な出版社で、社名の通り、出版物の多くは児童や青少年を教化、賦活せんとするものである。だからこそ自社の新書に「寺子屋新書」と名付けたのであろう。
こう書くと、「おいおい、それって児童書とか絵本だろ? いや、そりゃそういうのも大事だとは思いますよ。思いますけどさ、こちとらもうそんな歳じゃないのよ」と反駁する向きもあろうが、大丈夫。大人向けの本も彼らは出している。本書とて成人が読んで遜色ないものになっていると思う。
桃白歩美という著者についてはよく分からない。本書の著者説明欄によると、一九六七年生まれで、生まれも住んでいる場所も大阪。専業作家ではなく土木の図面を描くことを職業にしているとある(たぶん土木設計士か何かをされていたのだろう)。本書を読むと、父親が京都出身であるとか牡蠣アレルギーであるとか、恐らく女性なのだろうとかトリヴィアルな個人情報は分かる。でも読み終わってみるとどういう人なのかはよく分からない。もともと個人で(だと思う)ウェブサイトを運営されていて、それが縁で本書を書くことになったというが、そういえば〇〇年代当時は、そういうケースが散見されたよなと思う。個人が運営するサイトが百花繚乱的に林立していた時代だったから。著者のその後の消息については不明。
今回改めて本書を読んでひときわ印象に残ったのは、「歳杪放歌」という詩に添えられた著者のコメントである。
「『もし私が二日続けて無断欠勤したら、ポストにカギ入ってますから、家まで見にきてください』
ある日、地方出身で一人暮らしの同僚が真面目な顔をして言った。
『うーん。もし死んでたら、腐ってる途中やし見たくないし、ミイラ化したころを見計らって行ったるわ』
ワタシはブラックな返答をしたが、その後、仕事が忙しく残業が続いて充血した目が虚ろになった後輩はこうつぶやいた。『もし、私が二日続けて無断欠勤したら、探さないでそっとしておいてください』って。
ワタシもキレたら、会社には内緒にフェイドアウトする。社会人らしくない行動? でも、そこまで追いつめる会社が悪いんだよ」
(本書、p93-p94)
今も当時(二〇〇五年)も、たぶん古の中国でも、ブラックな職場というのは普遍的にあるのかもしれない。桃白さん、その後ご無事でしたでしょうか?