少女漫画家、魔夜峰央が八〇年代序盤に連載したギャグ漫画『翔んで埼玉』が三十数年の時を経て二〇一〇年代後半、巷間で(主に関東圏で)注目を浴び、実写映画にもなった。ご記憶の方も多いだろう。都会と田舎の落差をモチーフにしたあの作品はしかし、連載時は世間から何の反応も得られず、未完という形で短命に終わっていた。
その無念を晴らすため━━というわけでもないだろうが、八〇年代終盤、同じモチーフを用いたギャグ漫画が、講談社が刊行する少女漫画誌『なかよし』上で始まる。猫部ねこによる『きんぎょ注意報!』である。
猫部ねこ。これはもちろんペンネームで、彼女は一九六七年に静岡県で生まれた漫画家である。ちなみに彼女と同年の生まれで、同じく『なかよし』で連載していた作家には、『美少女戦士セーラームーン』で有名な武内直子がいる。もちろん彼女達が魔夜峰央と師弟関係にあるとかではない(顔見知りかどうかまでは知らないが)。
それはともかく、猫部は『なかよし』で八六年にデビュー。三年後、八九年に本作の連載を開始したのだが、これが全国的に人気を博し、九一年にはテレビアニメにもなった。私を含め、八〇年代前半に生まれた人であれば、十中八九『きんぎょ注意報!』という名前に聞き覚えがあるのではないか。たとえ実際に本作を見たことがない人であっても。それくらい本作は、当時の子供の間で有名だったと思う。
今、少女達は『なかよし』という雑誌をどう捉えているのか? これは率直に言って、私には分からない。私は少女ではないし、娘がいるでもないから。ただ、同誌は一九五四年に創刊された少女雑誌の老舗であり、私が子供の頃(だいたい八〇年代後半から九〇年代後半にかけて)には多くの少女(幼稚園児から小学生くらい)が本誌を読んでいた。だから、少なくとも本作が連載された当時は、メジャーな少女向け雑誌だったと思う。私は少年だったので、一回も買ったことがないけれど。
そういう雑誌に連載を持つことは、漫画家にしてみれば、ある種のエリート・コースであったかもしれない。ということは、連載作家は「今、全国の少女達に授けるべき作品」を供給する使命を帯びるわけである。現代においてどうかは分からないが、少なくとも当時はそういうプレッシャーが、作家にも編集部にも大なり小なりあったのではなかろうか。なにしろ『なかよし』は、当時は百万部超が当たり前に刷られる人気雑誌だったというから。
だから何なのか? 本作が『翔んで埼玉』と同様に、都会と田舎のギャップをモチーフにしていることは前述した。つまり、魔夜が一度は失敗した「都会と田舎の落差をモチーフにしたギャグ漫画」という路線をブラッシュアップし、全国的に通用するように仕上げたのが『きんぎょ注意報!』なのだということである。
題に「きんぎょ」とあるが、本作の主人公は金魚ではない。ど田舎として描写される「田舎ノ中学校」に、都会から藤ノ宮千歳という女子が転校してくる。彼女は社長令嬢だったのだが、父親が急逝し、全財産を失って田舎ノ中学に転校。唯一千歳の手元に残ったのが、藤ノ宮家の家宝である空飛ぶ金魚「ぎょぴちゃん」だった。千歳は田舎の生活に大いにギャップを感じるが、そのうちに藤ノ宮家の顧問弁護士=田中山が田舎ノ中学に現れて━━というのが本作の筋である。タイトルに「きんぎょ」とあっても、本作は基本的に女子中学生を軸にした学園ものなのである。
魔夜の『翔んで埼玉』は、何がダメだったのか? おそらく舞台を「埼玉」に限定した点である。当たり前だが、埼玉が関東圏でどういう立ち位置にあるのかは、関東人にしか分からない。九州や関西など他地方で暮らす人にとって、埼玉は単に「東京や栃木に隣接している海なし県」でしかなくて、そこがどれくらい田舎なのか、実相が分からないのである。八〇~九〇年代にはインターネットも普及していない。だから『翔んで埼玉』に描かれたギャグがどれくらい誇張されているのか、関東圏以外で暮らす少女には、あまりピンとこない。それで不人気に終わったのではなかろうか。
その点、本作の舞台は普遍的である。なにしろ架空のど田舎なのだから。具体的にどことは限定されていない。読者は「ああ、田舎だなあ」ですんなり作品世界に入っていけるだろう。
加えて、猫部が描くキャラクター達は、魔夜の『翔んで埼玉』のキャラクター達と決定的に違った。猫部は「ノーマルな絵で描かれたキャラクター」と並行して「二頭身にデフォルメされた、可愛く造形されたキャラクター」も描き、全体的にギャグ漫画に寄せる工夫を施した。つまり、本作には「カワイイ」が横溢しているのである。これは今となっては珍しくない手法だが、少なくとも『翔んで埼玉』にはそういうメソッドは、あまり用いられなかった。八〇年代序盤当時の少女漫画の絵は、あくまで「美麗でなんぼ」だったのである。とはいえ、やはり少女は「カワイイ」に親しみを持つのが自然であろうからして、本作は大ヒットしたのだと思う。
このことと関連してかどうかは分からないが、本作が連載されて以降、つまり九〇年代に入ると、魔夜も二頭身にデフォルメされたキャラクター、いわゆる「SDキャラ」を自作品に頻出させるようになる。とすると、本作は少女漫画の世界に新たな流れを持ち込んだと言えるかもしれない。
そういうニュー・ウェイヴは、マイナーな場所で展開してもあまり広がらないだろう。やはり当時の『なかよし』のような日の当たるメジャーなメディアでやってこそ広範に認知されるというもので、その点で猫部は、『なかよし』の連載作家としての責務を立派に果たしたのではないか。
人気を博した本作の連載は九三年、無事に終わった。