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■ 10月31日から11月29日にかけて、「詩集」をフィーチャーします。







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『北原白秋詩集』
詩で感じる「日本の近代」

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副題にあるように「日本の近代」を感じる詩とはどういうものか? 結論から言うと、日本的な精神と西洋のそれとの相克、あるいは混淆が感じられる詩のことである。それが北原白秋(一八八五~一九四二)の詩の特徴ではないか。そう思って今回、新潮文庫に蔵されている『北原白秋詩集』を取り上げる。

ご承知のように江戸時代に日本は鎖国制度を敷いていた。だから海外諸国との交易は極めて限定的だったのだが、十九世紀半ば、外国からやってきた刺客が「開国せよ、さもなくば痛い目を見るぞ」と幕府(当時の日本政府)に迫り、日本は門戸を開くことになった。日本の近世の終わり、近代の始まりである。畢竟、近代とは「外圧を受けてスタートした時代」なのである。

外圧が生じたということは、海外諸国と日本とでは国力に大きな差があり、日本が劣勢に置かれていたことを意味する。そうでなければ、幕府が外国の要求を吞む必要はない。そして当時は「強い国が弱い国を侵略して属国にするのが当たり前」というイデオロギー(いわゆる帝国主義)が支配的だった。だから日本は、開国すると同時に海外から侵略されないよう、近代化して「強い国」になることを急務とした。ここでいう近代化とは「先進国である欧米のやり方や精神を、日本の一般生活や社会システムに組み込むこと」である。

それで明治期に入ると━━つまり近代になると━━日本の社会様式はがらりと変わった。国家が国民を一元的に管理できるように戸籍制度(家制度)が導入されて、国民は皆なんでもいいからと名字を持たされた。また、従前は普通に着ていた着物は、普段はともかく正式な場では「ちょっとださくないか?」となって、背広やシャツが社交界ではマストになっていく。その他、政治から金融、宗教、教育に至るまで、さまざまな領野で変革が強制的にもたらされた。これが「明治維新」である。

ただ、欧米や日本政府から「早急に西洋式に改めろ、変われ」と一方的に言われても、日本人には日本人なりのそれまでの暮らし方や固有の考え方がある。それを放り捨てて一朝一夕に変わるなどは、誰にとっても多分にストレスフルだし、さまざまな局面で大なり小なりの摩擦が生じるだろう。それは誰にでも分かる。だから「西洋式を取り入れはするけど、今までの日本式と共存させていかないといけないよね」が国民規模で切実なテーマにもなってきて、それで「和魂洋才」とか「和洋折衷」といったスローガンも生まれるわけだが、同時にその副作用として、過度に「日本の伝統的な精神」を重んじるイデオロギーも一部で幅を利かせることになる━━たとえば「大和魂」とか「サムライ魂」などの幻想を尊ぶような。これが二十世紀になって軍国主義やナショナリズムが台頭、瀰漫する一因ではあるのだが、それはまた別の話。

当座の題目は北原白秋である。



北原白秋生家(福岡県柳川市)
出典:Hakushu Kitahara01s3200.jpg
from the Japanese Wikipedia
(2009年5月3日撮影)

北原白秋というのはペンネームで、本名は北原隆吉という。十九世紀末の九州で生まれ育った、江戸時代から続く造り酒屋の長男である。もっとも当人は、子供の頃から家業より詩歌に耽溺していたらしく、文芸雑誌を乱読することを日常にしていた。長男のかようなあり方が災いしてかなんなのか、北原の酒蔵は新世紀に突入した一九〇一年、全焼してしまうのだが、家が傾いてもなお詩歌に没頭し続けた彼は、当時の文壇のボス的な存在だった坪内逍遥が講師として在籍していた早稲田大学に進学する。

そこで詩歌の才を認められ、与謝野鉄幹や石川啄木など高名な詩人達と交流を深め、文人として順当に精進した白秋が、処女詩集『邪宗門』を発表するのが明治四十二年(一九〇九年)。この年は明治維新を率先した「元勲」の一人、伊藤博文が暗殺された年で、初代内閣総理大臣でもあった彼の物故は「時代の変わり目」を象徴しているのか、同年末、北原家はとうとう破産してしまう。

実家の没落を機に、白秋の人生にはどんよりとした暗い影がぬぐいがたく立ち込めることになる。たとえば、彼の女性関係には落ち着きというのがほとんど訪れず(五十余年の生涯で結婚は三回している)、それゆえに気を病むこともあったのか、アラサーの頃には自殺を考えるほど憔悴したと伝えられる。また関東大震災(一九二三)では弟と立ち上げた出版社が罹災してもいて、なんというのか、さすが与謝野鉄幹や啄木と親交があっただけのことはあるなと思わないでもない。類は友を呼ぶというか。

ちなみに白秋には童謡や民謡の作詞家という側面もあって、たとえば白洋舎の社歌は彼が手がけたものであったりもする。

ともあれ、才能ある近代の詩人だった白秋は二回目の世界大戦の最中に亡くなり、没後の一九五〇年、高名な翻訳家であり作家でもあった神西清が、白秋の詩のベスト・セレクションを新潮社から出した。それが本書である。

作品情報

・作者:北原白秋
・編者:神西清
・発行:新潮社