漫画家、皆川亮二の代表作となると、おそらく『ARMS』か『スプリガン』がその座を占めることになるであろう。知名度や人気を考えれば、ごく自然のことであり、それに対して異論反論などはない(そもそも私は、それに対してどうこう言う筋の者ではない)。ただ個人的には、皆川亮二の作品をとなると、彼の漫画家キャリアの中で『スプリガン』から『ARMS』へのブリッジ的な役割を果たしたであろう、『キョウ』を挙げておきたいと思うのである。
いやいや、そもそも皆川亮二って誰やねん、という御仁もおられようから、まずは皆川のキャリア(初期)に触れておきたい。皆川はたかしげ宙を原作者に迎え、1989年に『スプリガン』で連載作家としてデビューを果たした。連載は人気を博し、1996年初頭まで続いた。翌年には原案協力に七月鏡一を迎える形で『ARMS』をスタート。『キョウ』は『スプリガン』後期に並走する形で、『小学六年生』誌上に一年間だけ連載された作品である。ために全一巻となっており(2018年現在、絶版になっているが)、皆川を知らない人でも読み切りを読むような感覚で気楽に楽しめると思う。
では『キョウ』とはどんな話か。舞台は、警視庁の中でも理化学系に特化した人材を集めた「科学特捜課」である。いわゆる科学犯罪に対抗するスペシャリストたち。しかしいつの世も取り締まる側より悪人の方が一歩先を行くもの。科学特捜課でも手に負えない、難解な事件が起こる。そこで警視総監は自分の孫、保科恭を、助っ人として科特課によこした。彼はアメリカの大学で学位を三つも取ったエリートであった。
この主人公(保科恭)は、皆川作品のそれの中でもズバ抜けて若い。なにしろ小学六年生である。掲載誌の読者の年齢を主人公にあてはめる。これは皆川の流儀であるが(皆川だけに限らないけど)、それでは警視庁を舞台にした話はやりにくい。そこで彼のバディに、科学特捜課のお荷物的存在、久我山鏡が用意されたわけである。ぐうたらで年中電話番の鏡と、警視庁の救世主として遇される天才児恭。二人の「キョウ」が、数々の難事件に挑んでゆく。
今作が『小学六年生』誌上で連載されることになったキッカケは、皆川や原作者のたかしげと仲が良かった編集者、畭俊之さんが学年誌(編集部)に異動になったことだという。そこから皆川、たかしげが依頼を受け、快諾したと。当初は「ザ・キング・オブ・ファイターズ」というゲームをコミカライズする方向で話が進んでいたらしいが、途中で方針を転換し、オリジナルの物語を展開することになった。タイトルが『キョウ』なのは、同ゲームの主人公が草薙京であったことの名残だとか。
気楽に楽しめるったって所詮、小学生向けだろう、と思われるかもしれない。しかしあにはからんや、小学生はバカにできない。たとえば最初のエピソードにある化学式が出てくるが、その化学式が間違っているとの問い合わせが読者からあったと皆川は述懐する。いわく、それで「気を引き締め」たのだとか。事程左様、当時の皆川とたかしげの「全力投球」が読めることは保証つきなのである。
なぜ今作を『スプリガン』と『ARMS』を架橋した作品と上述したか。それは今作のテーマがこの二つの作品にも通底するものであったと愚考するからである。こう言うと、じゃあそのテーマとは何なのか? と訊ねる人もいるかもしれない。しかし読んでみての面白さを損ねる野暮はしたくないので、そこはご自分で読んで考えてみてください。
最後に、私事を少し。この作品が『小学六年生』に連載されたのは、ちょうど私が小六のときであった。加えて、今作には「教授(プロフェッサー)」と呼ばれるキャラクターが出てくるのだが、小六のとき、私も「教授」というアダ名で呼ばれていたのである。たぶん、今作とも坂本龍一とも関係がないとは思うけど。そういった個人的なご縁からも、愛着がある作品である。