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『万葉集』
日本に現存する最古の歌集

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二〇一九年春、元号が「平成」から「令和」に改められました。いわゆる改元です。この「令和」という言葉は、『万葉集』に出てくる「令月(何をするにも良いとされる月)」から採られた。そう伝えられて、一時はマスコミがやたらと『万葉集』を取り上げもしました。憶えておられますか? まぁ別にそれはそれでいいのですが、こう疑問に思われた方も多いんではないでしょうか。なんで『万葉集』なんだ? と。

『万葉集』とは奈良時代に編纂された歌集です。具体的に誰が編纂したのかは判っていません。日本に現存する最古の歌集でもありますから、そこから元号のヒントが得られても、そうそうおかしくはないと考える人もおられましょう。確かにそうかも知れません。それに、元号のネタ元が『万葉集』であること自体、そこまで大した意味はないのかも知れないとも思います。

だから、いったん元号の話を離れて、『万葉集』とはどんな歌集かを述べることにしましょう。

前述のように『万葉集』は日本最古の歌集です。七世紀から八世紀にかけて、天皇、貴族、下級役人、防人から農民まで、さまざまな身分の人が詠んだ、さまざまな歌が収められています。その数、なんと四千首以上。ただ、あくまで管見ですが、後世の多くの歌集と比べた場合、『万葉集』は極めて読みにくいと思います。なぜかというと、全部漢字だからです。たとえば、額田王(天武天皇の奥さん)が詠んだとされる歌を以下に示しましょう。

茜草指 武良前野逝 標野行 野守者不見哉 君之袖布流

どうです? おそらく、ほとんどの人は「何じゃこりゃ?」じゃないでしょうか。なんか地方の暴走族の落書きみたいだな、と思うだけで、意味も読み方もさっぱり解らないというか。

この歌は「あかねさす、紫野行き、標野(しめの)行き、野守(のもり)は見ずや、君が袖振る」と読みます。舞台は、輝くばかりの紫草が生えている野原(=紫野)です。そこは、立ち入り禁止の天皇の領地(=標野)なんですね。そこで、管理人(=野守)は見ていないかもしれないけど、「君」が額田王に向かって袖を振っている。それを「やめてよ、恥ずかしいわ」と言っている歌です。要するに、人妻が男にナンパされて戸惑ってんですね。

ちなみに冒頭の「あかねさす」は、なんとも意味あり気ですが、これは「むらさき」に掛かる枕詞ですから訳す必要はありません。

現代の日本人にとっては、ひらがなと漢字が適度にブレンドされた文章が最も読みやすい。その好個の例ではありますが、しかしそれにしても上の歌はヘンですよね。「むらさきの」を「武良前野」と書いています。「紫野」じゃないんですね。だから、地方の暴走族の落書きみたいだと言うんです。ほら、あの「宜しく」を「夜露死苦」と書くノリです。

この時代まで、日本には独自の文字がありませんでした。だから何かを記そうとすると、朝鮮経由で伝えられた漢字を使うしかなかった。そうなって、漢字をどう使うかが問題になります。一つ目のやり方は、「漢字で書かれた文章を日本流に読む」です。これが、いわゆる漢文にあたります。古文の授業で多くの学生を悩ませる、漢字の横に「レ点」や「上下点」が書き込んである、あれです。あの「レ」や「二」から発展し、普及したのがカタカナです。

もう一つのやり方は、「自分達の言葉に合わせて、漢字を好きに使う」です。これが「万葉がな」と言われるもので、要は当て字です。先程の額田王の歌はこの万葉がなで書かれていて、だから「むらさきの」が「武良前野」になる。今の日本人には極めて読みにくいわけです。

元号の話に戻ります。中國新聞(二〇一九年四月十日)によると、新元号の選定過程において、「天皇をたたえる国書」より『万葉集』から引用した方がいいと言ったのは、安倍晋三なんだそうです。当時の首相ですけど、あの人『万葉集』を読んだことあるんですかね? 彼は「市井」を「しい」と読むような人で、そんな人が、この漢字オンリーの『万葉集』を読むの? 個人的には、ちょっと無理があるんじゃないかと思いますが。

元号のネタ元が『万葉集』であること自体には、おそらく本当に大した意味はありません。安倍晋三にとって『万葉集』は━━多くの日本人にとってそうであるように━━日本で一番古い歌集でしかないでしょう。彼としては、「天皇をたたえる国書」からの引用を避けたかった。ただそれだけなんじゃないかと思います。天皇とは国の象徴であり、国民の平安と豊穣を祈ることを主務とする存在です。それを敬したり重宝したりするつもりは毛頭ない。そういう政治的意図はおそらくあって、だからなのか、令和になってからこっち、日本では大規模な天災、人災がやたらと続きますね。

作品情報

・編者:不明(奈良時代の成立とされている)
・発行:岩波書店、KADOKAWA、他





 

『一握の砂』
「泣く男」石川啄木の集大成

『古今和歌集』
「異性とお近づきになるマナー」というか