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■ 10月31日から11月29日にかけて、「〇〇年代のアニメ映画」をフィーチャーします。







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『マツ☆キヨ』
マツコ・デラックス×池田清彦

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2009年、フジテレビ系列で「ホンマでっか!?TV」というヴァラエティ番組が始まった。毎回ひとつのテーマを設定し、それに対して複数の専門家がさまざまな角度から意見を言い合い、それらをタレントたちが受けて楽しむ番組である。司会は明石家さんま。レギュラーにはお笑い芸人のブラックマヨネーズとタレントのマツコ・デラックスが選ばれた。この布陣は2019年現在でも変わっていない。

その番組でマツコは生物学者、池田清彦と邂逅。池田は「構造主義生物学」の旗手の一人として知られており、生物学的観点から意見を述べるべく、番組に呼ばれたのである。私はその番組をあまり熱心に観ているとは言えないので、詳しくはわからないが、池田は司会席に最も近い上座に座っていることが多いらしい。

この記事を書くに先立ち、久しぶりに同番組を拝見した。驚いた。高級料亭風のセットが組まれていて、そこで(たぶんゲストの)水川あさみが何やら料理している。そのカウンターにマツコは座っていた。さんまの隣。あの巨体からなる存在感は一目でわかる。池田はたぶんいなかったと思う。そういえば水川あさみって、同郷で同学年なんだよな(面識はない)、と思いながらぼんやり観て、テレビを消した。いつの間に料理番組になったんだろうか? もちろんその変化をどうこう言う気はさらさらないけど。

閑話休題。ともあれ、その番組でマツコは池田と知り合い、彼に少なからざる興味を持った。そこで、対談しませんかと提案し、池田も快諾した。ところが対談を前にして東北大震災が発生する。当然、延期である。東京とてそれなりのダメージを被った。震災後しばらくして、約束の対談はどうにか実施され、書籍化された。それが『マツ☆キヨ』である。2011年に新潮社から刊行、2014年に同社から文庫化された。現在は絶版。

やっと実現した対談。2人は、震災について、原発について、情報化社会について、都政について、そしてマイノリティについて、膝を交えて語り合った。

マツコ・デラックスは女装好きのゲイとしての見地から、池田は世間に自分の提言がなかなか通らない風変わりな生物学者としての見地から、それぞれが考えていること、思っていることを言い合う。その明け透けでありつつ一定の距離感は配慮している感じに、2人の関係の良さや息遣いがうかがえる。それに実際に口述筆記した編集者の腕もあるのだろうが、流れもとてもスムースで、読みにくいところがない。あと、本書に限ったことではないが、新潮文庫に必ず付いている、栞に使える茶色のヒモがめっぽう便利でありがたい。

ただ、白眉は、2人の眼差しの優しさにあると思う。文庫版の解説を担当した脳科学者の澤口俊之は、マツコと池田、2人はとても優しいと語る。私もそう思う。そしてこの優しさこそ、読んでいて心地好い所以ではなかろうか。彼らの眼差しは読者に対しても優しいのである。たとえば、と言うと不適切かもしれないが、以下、少し引用させて頂く。

マツコ  地震のあと、フジテレビの加藤綾子アナウンサーと、「きっと女の人は化粧水がなくて困っているよね。だから化粧水を送ろうか」という話をしていたの。
池 田  なるほど。
マツコ  コメと水とトイレットペーパーだけあれば生きていけるというわけじゃないんだもんね、人間は。
池 田  そうなんだよな。僕らは外から見ていて、被災した人はかわいそうだから、なんとか最低限の生活をするための支援をしなきゃいけないと考えて、嗜好品みたいな物は後回しにしてしまうでしょう。あるいは、娯楽的なものは不謹慎かなと思ってしまったりとか。だけど、当事者にしてみれば、ちょっとした楽しみとか、ちょっとした贅沢というのは、絶対に必要で、それがまったくないとなると、日々を過ごすのがすぐにイヤになるんだよね。
マツコ  わかるわあ。ちょっとした憂さ晴らしでビール二本くらいは飲んだりとか、「ああ、すさんでいるなあ」と思いながらもお肌の手入れだけはそれなりにやれたりするだけで、気持ちがぜんぜん違うのよ。
池 田  ほんとうだね。夜になったら酒を飲んで、「ああ、よかった。とりあえず酒だけは飲めて」と思ったりすることは、とても重要だよ。おれなんかは酒飲みだから、三日も四日も水ばかり飲まされていたら、それはかなわんなと思うよ。
(同書、2014年、p21~22)

作品情報

・著者:マツコ・デラックス、池田清彦
・出版社:新潮社





 

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