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■ 2月28日から3月30日にかけて、「二〇一〇年代の小説」をフィーチャーします。







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『謎解きはディナーのあとで』
宝生麗子と影山がゆく

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前頁の『チーム・バチスタの栄光』の記事では、「経歴も性格も異なる二人がバディを組んで事件の調査にあたる」形を「ホームズとワトソン」と述べた。そしてそういう二人組が出てくる推理小説を、「ミステリーの系譜に真っ当に連なる」ものと評した。そのデンで言うなら、この作品もそういう、いわゆる「バディ系ミステリー」にあたるのだろう。

二〇一〇年に小学館から単行本が出てたちまちミリオンセラーになった、東川篤哉(一九六八~)の『謎解きはディナーのあとで』である。

このタイトル自体は、見聞きしたことがある人も多いと思う。なにしろ百万部以上を刷る大ヒットとなったので、テレビドラマ、アニメ、舞台と、さまざまなメディアで展開されたから。私自身、このタイトルを初めて知ったのはテレビドラマ版の宣伝であったりもするし(だからドラマ自体は観ていない)。

そういう人は私のほかにもいるだろう。中には「え、あの作品って、小説から派生したんですか?」と驚く人もいるかもしれない。もちろん、もともと小説であることを知らなくても、差し当たりどうということはない。暮らし向きには(たぶん)影響しないはずである。でも知ったからといって損をする話でもないと思うので、一先ず紹介したい。

本書は形式としては短編小説集にあたる。東川が〇〇年代後半に小学館のいくつかの雑誌に寄せた話と、書き下ろしの話を合わせた計六話(文庫版には書き下ろしの掌編小説が一話追加されているので、計七話になる)を収録。ただし主要な登場人物はいずれも同じ。

先に本書を「バディもの」と書いた通り、主要登場人物は、突き詰めて言えば二人である。一人は警視庁国立署の新米婦警、宝生麗子。ミステリーの定番中の定番と言える職業に就いた彼女が、さまざまな事件に遭遇する。新米だからもちろんお付きの上司がいるのがお定まりで、風祭警部という独身男性がそれにあたる。軽薄で頭の悪い彼は麗子に気があるのだが、麗子は彼のことを嫌厭していて、恋愛関係にはない。

と、こう書くと「じゃあその凸凹コンビがすったもんだしながら事件を解決に導いて、ついでに『なんだかんだでお似合いな二人』になっていくんだな」と思う人もいるだろうが、麗子のバディは風祭ではない。

実は職場では内緒にしているが、彼女は大企業「宝生グループ」の総帥の一人娘なのである。つまり「お嬢様」で、だから彼女には、運転手も兼ねた執事が付いている。影山という男性(本名は出てこない)がそれで、彼が麗子の事件調査を極秘裏にアシストすることで、事件は解決に向かい、物語は起承転結の形に落ち着く。

執事であっても警察官ではない影山は、多くの場合、事件にダイレクトに携わることはできない。ではどうやって事件の謎を解くのかというと、麗子から話を聞くのである。謎を解く材料を麗子から隈なく聴取し、頭の中で論理を組み立て、その推理を聞かせる。実際に現場には赴かず、ただ所与の材料をもとに推理を展開するのである。「シャーロック・ホームズ」シリーズでいうなら、彼はシャーロックではなく、その兄=マイクロフト・ホームズのような探偵であると言えるだろう(マイクロフトは探偵ではないけれども)。

そうは言っても、影山が麗子の「忠実なる外部頭脳」でしかない場合、物語に起伏は生じないだろう。だから麗子と影山の関係も、一筋縄では行かないものと描写される。影山は━━たとえばカズオ・イシグロの『日の名残り』に出てくる執事のような━━主人に忠実な執事としては造形されていない。基本的に物腰はソフトではあるが、麗子や麗子の父親に対しての物言いは、大いに毒を孕んでいる。要するに、口が悪いのである。

そもそもなぜそんなに推理に長けた男性が、刑事や検事にならず、執事として働いているのか? 訝しく思って当然だが、その理由は明確には語られない。影山の本名が明かされないのは、彼が「なんだかよく分からない人」だということを示す記号でもあろう。だから麗子は、影山の頭のよさは認めるものの、人間としては信用しきれず、好意を寄せるに至らない。この「麗子と影山」の凸凹感が本書の味を決定している。

本書の単行本は二〇一〇年に、文庫版は二〇一二年に世に出され、先述のように大ヒットとなった。二〇一四年には同じ小学館の『名探偵コナン』とコラボレイトした短編「探偵たちの饗宴」が発表されたりもしている。

作品情報

・著者:東川篤哉
・発行:小学館





 

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