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『脳科学者の母が、認知症になる』
「ウィズ・認知症」で行こう

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なんてストレートで分かりやすい、親切なタイトルだろうと思う。脳科学者である恩蔵絢子が、認知症になった母親との2年半を綴った『脳科学者の母が、認知症になる』のことである。この表題を見て、この本には何が書かれているのだろうと訝る人は、たぶんそんなにいないはずである。

恩蔵は1979年、神奈川県に生まれた脳科学者である。評者が1984年の生まれなので、年齢的には近いと言っていいだろう。表題が示す通り、彼女の母親が60代半ばで認知症になる。これは私の世代(現在30代から40代)のみならず、多くの人にとって、他人事ではないはずである。

医者や政治家、あるいは学者や富豪などの「特権階級」の家族であれば、市井の人々が苦しむ病気に罹っても、特別な施しを受けて助かるに違いない。そう思い込んでいる人が世間には時々いる。しかし、こと認知症に関しては、そんなことはない。治療法がないからである。自身、脳科学者である恩蔵はそのことをよく知っていて、それゆえに苦悩する。

彼女の母親の言動におかしいところがある。でも、これがそのまま「認知症」だとは限るまい。そう考えてみようとはする。しかし医者はアルツハイマー型の認知症ですよと(にべもなく)診断を下す。マジか。いよいよ逃げ場はなくなった。かくして娘は、母親の認知症と向き合わざるをえなくなる。

前述のように、認知症にはこれといった治療法がない。だから彼女は「治す」ではなく「やれる」ことは何かを考える(これは、そのまま第3章のタイトルにもなっている)。そうなって問題になるのは、本書の副題でもある「記憶を失うと、その人は”その人”でなくなるのか?」である。

私事だが、私の祖母は(父方も母方も)晩年に認知症になり、私が孫であるということが分からなくなった。父方の祖母は地元大阪北部の病院に、母方の祖母は(伯父の意向で)他県の介護施設に、それぞれ収容されたのだが、たまに面会に伺っても「あんた誰?」状態で、私はお茶を濁すばかりだった。そして私のことを(恐らく)思い出すことがないまま、彼女達は泉下の人となった。

つまり、記憶を失った祖母と、いかに関係を構築すればいいのか、私は途方に暮れたわけである。それくらい、「その人」の記憶というのは、大きな意味を持つ。少なくとも私は、自分の経験からそう思っていた。

しかし脳という器官においては、記憶よりも感情の方が安定しているという。一般には、感情なんて不安定で脆いものだという認識が強いと思うが、実際に不安定で脆いのは記憶の方なのである。だから認知症になっても感情は残る。認知症の人でも、失礼なことを言われたり、自尊心を傷つけられたりしたら、しっかり怒るのである。本書においても、母親とモメる娘(著者)の様子が、淡々と描写されている。

母親の連れ合い(恩蔵の父)は、妻と散歩に出かける。そうするとお母さんは気持ちが良いらしく、喜んで出かける。それが娘の叙述から伝わってくる。恩蔵の母親は記憶を部分的に失っていくわけだが、そうなっても人間同士として関係はちゃんと構築できるという何よりの証左であろう。著者は第5章に「感情こそ知性である」と冠した。

恩蔵がその境地に達したのは、ひとえに、母親が認知症になったからといって放り出さず、1人の人間としてしっかり向き合ったからであろう。それはなかなかできることではないと思う。実際、私が祖母に対してそれができていたかというと、たぶんノーであるし(だから私は著者に敬服する)。

そして━━自らを正当化するつもりはさらさらないが━━世間の多くの人も、実は「認知症になった人」と真っ向から向き合わないケースが存外、多いのではなかろうか。誰かが認知症になる。それを指して「あんなのはもう人間じゃない」と評したりする。そういう人が遍在するからこそ、多くの人が「老いるのはいいがボケたくはない」と願うのではないか? ボケたらもう人間として扱ってもらえないという強迫観念ゆえに。

でもそれは不幸にしか繋がらないと、私は思う。生きていれば誰だって年をとるし、誰だって認知症になる可能性があるからである。だったら、どうすれば認知症の人と、人間同士として関係を構築できるかを勘考した方がいいのではないか。それには先ず、認知症の人と正面から向き合わねばならない。

その「向き合う」際の参考書として、本書は申し分ない。私はそう愚考する。単行本は2018年10月に河出書房新社から、文庫版は2021年の師走に同社より、それぞれ出版されている。

作品情報

・作者:恩蔵絢子
・発行:河出書房新社





 

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