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『憲法九条を世界遺産に』
太田光×中沢新一

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太田光は1965年、埼玉県生まれ。建築士の父と女優志望の母の、いわゆる中産階級の家で育った。女優を志望していた太田の母は自然じねん、演劇をこよなく愛しており、太田が幼い時分にはよく彼を舞台に連れて行ったり、また太田が寝る前には本を読み聞かせたりしていたという。そういった習慣は、彼の児童文学に関する見識を丁寧に涵養した。

やがて日本大学に進学した太田はそこで田中裕二と出会い、1988年、彼とお笑いコンビ「爆笑問題」を結成する。彼らの基本的スタイルは、時事ネタを盛り込んだシュールでありながらテンポの良いやりとりで笑いを取るという、好悪が分かれるものである。それが彼らの唯一無二性を担保した。今日、爆笑問題は、全国的な知名度を獲得しており、TVヴァラエティ、ラジオなどのレギュラー番組を、依然として多数抱えている。

また、1990年、太田は当時同じ芸能事務所に所属していた芸人、松永光代と結婚した。間もなく、彼女は芸人を辞め、1993年に芸能事務所タイタンを設立。当時、さまざまな事情から芸能界で干されていた爆笑問題を所属させる。ここから爆笑問題の、現在まで続く快進撃は始まったと見ていいだろう。いわゆる転換点である。ちなみに「タイタン」という事務所の名前は、太田が敬愛する小説家、カート・ヴォネガットが1959年に上梓した『タイタンの妖女』に由来する。2009年に出版された同書の日本語訳版には、太田が寄せた(彼らしい)解説文が収録されている。

中沢新一(1950-)は、若い時分にネパールでチベット密教の修行を数年間にわたり積んだ体験を持つ、日本の宗教学者である。私は本書で初めて彼の言論に接したのだが、ずいぶんと圭角の取れた、物腰の柔らかな人だなという印象を受けた。太田とはメル友であることが本書の冒頭で明かされる。

『憲法九条を世界遺産に』はそんな太田と中沢が、日本国憲法第9条を主題に語り合った対談を、2006年に書籍化したものである。太田は日本国憲法の第9条というのは、歴史的に見て、当時の日本と当時のアメリカにしか作り得なかった、奇蹟的な「作品」であると考える。しかしお笑い芸人がそんなことを世間に対して単独でアナウンスしても、白眼視されるか、せいぜい笑いの種にしかならない。そこで中沢の力を借りたいとオファーし、中沢は快諾した。それがこの異色の2人(と言って差し支えはなかろう)の対談の契機である。

対談の口火を切る折、太田は宮沢賢治を引き合いに出した。近代日本における児童文学の雄、賢治の歴程について、識者たちが目を逸らしてきたもの。それは戦後の日本人が組織的に目を逸らしてきたものに、どこか通ずるのではないか。そしてそこから日本国憲法の独自性とキャラクターを、対談を通じて浮かび上がらせる、というのが序盤の結構になっている。

本書の構成は、中沢の前書き、対談、太田のエッセイ、対談その2、そして中沢の後書きで〆、というもの。これらを通読して個人的に印象に残ったのは、太田と中沢、それぞれの覚悟である。たとえば太田は、夫人からの苦言を紹介している。政治的な発言をして周りを危険な目に遭わせる、そんな太田を光代は決して快くは思っていないし、太田も彼女の言い分を肯う。けれど太田は言わずにはいられない。そしてその相方を務めた中沢の胸中は、前書きと後書きにて独白されている。

テーマがテーマなだけに、いろいろな意見があるだろう。どう思おうと、それは読者の自由である。それでもこういった「自分を懸けて」挑んだ対談というのは、それだけですでに(その内容や方向性から)独立した価値を持っているのではないか、と思うのだが。

作品情報

・著者:太田光、中沢新一
・出版社:集英社





 

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