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『空飛ぶ馬』
落語家、春桜亭円紫は名探偵?

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日本史などの俯瞰した歴史認識を持たずとも、日本人が日本の歴史に触れられる大衆芸能と言えば、やはり落語でしょう。落語家により語られる、古き世の庶民の喜怒哀楽。そこには確かに文化があり、国民性があり、伝統があるのだと思います。落語家とは、ある意味で、昔日のあり方を伝えるブロードキャスターなのですね。


そんな落語家が探偵的な役割を務める小説をご存知でしょうか。北村薫が1989年に上梓した短編集『空飛ぶ馬』です。ここに初登場するのが、春桜亭円紫。探偵的とは言いましたが、別に殺人事件が起きて、落語家が刑事たちといっしょにそれを解決するなどではありません。「探偵」とは刑事を意味する言葉ですが、なにもバカの一つ覚えみたいに、刑事事件に立ち向かうばかりが探偵じゃありません。

彼が立ち向かう謎は、幼稚園の園庭から木馬が消えたなど、日常におけるささやかな謎です。それらをバツグンの記憶力と発想力で解決していきます。

歳は40前後。既婚者で娘もいるし、落語の芸風も本人の物腰もいたって穏やか。細面で色白の童顔。なんともハードボイルドがたりない雰囲気の物語ですが、それでいいのです。主人公は女子大生である「私」。大学の先生を介して、彼女は円紫と知り合います。恩師の提示する謎を鮮やかに解決する円紫の推理力に魅せられ、「私」は次々と謎を持ちかける、というお話です。

シリーズ開始の当初は大学生だった「私」ですが、時間の経過と共にちゃんと歳を重ねてゆきます。1998年に停止していたシリーズですが、昨年には16年ぶりの新作『太宰治の辞書』が発表されました。「私」は立派に成長した、家庭もちの中年女として描かれています。円紫の芸風も円熟味が感じられます。

落語と同じく、決してハデではないけれど、一般庶民の喜怒哀楽や知恵、その親近感が伝わってくるシリーズです。


作品情報

・作者: 北村薫
・発行: 東京創元社(1989年)







 

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