『高瀬舟』
森鴎外の、生と死と幸福についての短篇考察
森林太郎こと森鴎外が、今から約100年前にしたためた、1人の罪人を通して人の生と死と幸福を問う短篇小説。それが国語の教科書などでもおなじみの『高瀬舟』だ。
寛政時代、実の弟を殺した罪で喜助という男が、遠島に送りつけられるための舟に乗り込んだ。護送にあたる羽田は喜助の晴れやかな顔に疑問を覚え、理由を訊ねた。
喜助は、早くに両親を亡くし、弟と2人で貧しくも強く生きて来た。しかし弟は「兄貴に楽をさせたい」として、自殺を決行した。が、運が悪く死にきれないでいたので、喜助は医者を呼ぼうとアタフタしている所を他人に見つかり、弟殺しの罪とあいなった。また、島流しとはいえ身の保障があるのならそっちの方がよっぽど良いという喜助を見て、羽田は・・・
短篇ではあるが、一般論として規定される人の生と死と幸福に対する大いなる疑問符が盛り込まれている。
ただし森鴎外個人にフォーカスすると必ずしも同じことは言えないのが、この短篇小説の面白い所。森鴎外と同じ時代に生きた文豪といえば、夏目漱石や樋口一葉が思い浮かぶが、鴎外と彼らの決定的な違いは、保守的思想に寄っていた事にあるといえる。
自身軍医として日露戦争などで活動していた森鴎外。彼の思想は典型的な保守官僚のそれであり、つまりは身分や立場を庶民より人一倍(人一倍って、一倍だと変わらないんじゃないかとかいうツッコミは禁止)重んじる観念の持ち主だったのだ。
かような事実を踏まえてこの小説を読むと、彼がいかに貧しい、いわゆる最下層に位置する人間をナメきっていたか、が味わえるはずだ。安楽死や人の生死の是非を訴えるかたわら、エリート官僚が貧民を見下し続けてきた、恐らくは平安の頃より絶え間なく続く日本の歴史もそこには収められている。実に内容が濃い短篇小説だ。
作品情報
・作者: 森鴎外
・発行: 中央公論新社(1916年)
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