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■ 2月28日から3月30日にかけて、「二〇一〇年代の小説」をフィーチャーします。







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『チーム・バチスタの栄光』
今世紀序盤の大学病院ミステリー

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チーム・バチスタの栄光。映画やテレビドラマでこの名前を聞いたことのある人も多かろう。医師でもある海堂尊(一九六一~)の作家デビュー作である。

二〇〇五年、四十代半ばの海堂は「チーム・バチスタの崩壊」というタイトルの小説を書き上げ、「このミステリーがすごい!」大賞に応募した。めでたく大賞を獲得したその小説は翌二〇〇六年に宝島社から単行本化されたのだが、その際に改題され、『チーム・バチスタの栄光』になった。

物語の舞台は、桜宮市という架空の町にある東城大学医学部付属病院。そこで神経内科医として勤務する四十代前半の田口公平は、ある日病院長からとある内部調査を命じられる。同病院が誇る心臓外科手術のエリート集団「チーム・バチスタ」は、かつて鉄壁の成功率を叩き出していたのだが、このところ術中死が三回立て続けに起こっており、どうもその原因が分からない。世間からも悪い意味で注目を浴びており、このスキャンダルをなんとかしたいと思案した病院長は、極秘裏に内部調査を企てた。そこで調査員として白羽の矢が立ったのが、病院内で「行灯」と評される田口だった。

田口は彼なりに調査を進めるが、そもそも医師ではあっても諜報部員や探偵ではないのだから、やれることには限界があり行き詰まる。作者もここで「探偵役が田口一人というのは話を進めるのに難がある」と思い悩んだことが、後日告白されている。そんなわけで、助っ人として、厚生労働省から調査を手伝う人物が送り込まれてくる。同省の窓際役人、白鳥圭輔である。

白鳥はおっとりとした田口とは対照的に、アクティヴで冷徹かつ論理的に動くキャラクターである。そのためか、聞き取りの際に相手を怒らせ、殴られるという描写もある。もちろん白鳥は悪戯にそうしているわけではなく、その言動は確固とした目的と理由に裏打ちされている。ミステリー愛読者が好む「ロジカルな変人」を彼が担っていると言っていいだろう。ともあれ、ここに「田口と白鳥」という好対照の二人による調査体制ができあがった。物語はアクセルを順調にふかし、チーム・バチスタに何が起こっていたのかを、慎重かつ丁寧にえぐっていく。

これが本書のあらすじである。言うまでもなく、田口と白鳥という経歴も性格も異なる二人がバディを組んで事件の調査にあたるこの構図は、「ホームズとワトソン」である。そういう点で、舞台こそ病院であるものの、ミステリーの系譜に真っ当に連なる作品であることは確かだろう。

作者自身、大学で講師や医師として働いたことがあるという。要するに自分の経験を小説に活かしたわけで、そういう例は国内外に、枚挙にいとまがない。元FBI捜査官のポール・リンゼイがFBI捜査官を主人公にして書いた推理小説など、その好個の例であろう。その手の経験ベースの小説は、細部にまでリアリティが宿る。作者が経験した現実をフィクションに転化しているから、文章や表現に瑕疵がなければ、物語はありありとした現実味を帯びて、読者が物語世界に没入しやすくもなる。

加えて、個人的にはこうも思う。この作品が当時好評を博したのは、大学病院の医師と官僚を主人公にしていたからかもなと。

覚えている人もおられようが、〇〇年代半ばというのは、国立大学が文科省の組織ではなくなった、いわゆる「独立行政法人化」されたタイミングである。二〇〇三年に国立大学法人法が成立し、翌二〇〇四年に独立行政法人化が実現した。ここでその良否は論じないが、少なくとも世間が国立大学の動向に注視していた時代であることは間違いない。だからかどうかは知らないが、二〇〇三年には大学病院を舞台にしたテレビドラマ『白い巨塔』が高視聴率をマークした。そういう時期に「大学病院の医師が主人公の小説」が当たっても、そう不思議ではないと思う。

また、この〇〇年代半ばは、前世紀末から続く就職氷河期の時代でもあった。たとえ大学を無事に出ても容易に就職できない。あの時代に、身分が安定しているという理由で公務員を志望した若者は多くいた。官僚になるなどは一種の花形でもあった。その官僚が、大学病院の医師と二人三脚で事件の解明に乗り出すという結構の物語がウケるのは、「そりゃそうだろうな」と当時を若者として過ごした身で思う。

さて、経験ベースの小説家のマイナス・ポイントは、作品の幅が広がらないというところでもある。経験した世界しか物語にできないのだから、どうしても小説に使えるマテリアルは限定的になる。おそらくだが、海堂のような作家にとって、たとえば婦人会の主婦を主人公にしたミステリー小説を書くなどは、存外に難しいのだと思う。そういう書き手は、初期の作品が当たってシリーズ化されないとキャリア形成が難しくなるという危惧はあるが、本作は無事(というか)ヒットし、この「田口と白鳥」の物語はシリーズ化されるに至った。

二〇二〇年以降は、新型コロナウイルスのパンデミックを受け、田口と白鳥を主人公にした「コロナ三部作」も上梓された(そんなに話題にはならなかったけれど)。あのウイルス禍を経た現在においては、本作を読んでからそちらを当たってみるのも面白いかもしれない。

作品情報

・著者:海堂尊
・発行:宝島社





 

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