日本語 | English

■ 7月31日から8月30日にかけて、「エッセイ」をフィーチャーします。







Atom_feed
『天地明察』
冲方丁が語る渋川春海の人生

LINEで送る

冲方丁(うぶかた・とう)は1977年に岐阜県で生まれた。早稲田大学に在学中、小説家としてデビュー。以降は同大学を中退し、現在(2022年)に至るまで、小説家や脚本家としてコンスタントに活動している。

本作品『天地明察』は、冲方が2008年末から翌2009年にかけて、雑誌『野性時代』に連載形式で発表した時代小説である。2009年の11月には角川書店(当時)から単行本が刊行され、その後、角川文庫に蔵された。

時代小説というくらいだから、話の舞台は当然、現代ではなくて、江戸時代である。シンプルに言ってしまえば、当時の改暦を巡る物語ということになるのだろうが、「大河ロマン」と称しても差し支えはないと思う。

物語は、序章を除けば全部で6章から成る。

主人公は江戸時代初期の改暦事業における中心人物、渋川春海。序章の時点で「気づけば四十五歳」の春海は、囲碁で将軍家に仕えてきた家の出である。春海のもともとの名前は、安井算哲というのだが、安井家は義兄が継いだため、領地である渋川の姓を名乗るようになったらしい。

春海は囲碁だけではなく算術にも秀でていた。加えて、その家柄から将軍家との繋がりもあった。これらの事情から、春海は改暦事業に大きく関与していくことになる。その様子が、冲方によって流麗に語られる。本作品における冲方の文体は、テンポはいいのだけど視覚的には若干ごつごつしているような印象を受ける。このあたりは好みが分かれる所かもしれない。

「改元」なら聞いたことあるけど、「改暦」となるとなんだかピンとこない。そういう人も多数おられようか。当今、暦はグローバルに(グレゴリオ暦で)統一されているから、よもやそれと異なる暦があったなどは、多くの人にとり想像の範囲外であるかもしれない。

9世紀半ばから春海の時代(江戸時代初期)まで、800年以上にわたって、宜明暦が使われてきたが、あまりに長く使ってきたために宜明暦には何日かのズレ(誤差)が生じていた。それでは実生活になにかと不便、不都合がある。それは誰にでも明白であろう。宜明暦に替わる新たな暦が必要だが、ではどういう暦を用いればいいのか。そこで春海達は四苦八苦する。

「てことは、つまり天文学の話だろ? あんまり面白そうじゃないな」
「算術って要するに数学でしょ? 私にはムリだわ」

こういう反応を示す向きがあることは承知している。たしかに本作品が学問と深く関係していることは否定しない。というより、主人公の性質上どうしても学問は物語に大きく関わらざるを得ない、そういう所はある。

ただ、春海は鎮座してこつこつと仕事をするだけの学者ではない。必要となればフィールド・ワークもこなす。当時、暦をどうこうするのは、朝廷の仕事であったが、それは取りも直さず「改暦は政策のひとつ」ということでもある。であれば、本書を政治ドラマとして読むこともできると思う。

現在の日本では「政治はしょうもない」という人も少なくない。個人的には、そういう人を難じようとは思えない。私達の平素の生活圏で見る限り、政治家という人種は、駅前や路上でたまにがなる中高年の男女でしかない。ああいうのを傍目で見て育てば、政治をしょうもないと感じるようになっても、それはそれで仕方ないよなと思う。

ただし、それは本当に「政治=しょうもない」なのか? それは「現在の日本の(多くの)政治家による政治=しょうもない」ではないのか? こういった疑いも必要ではなかろうか。

民のため、国のため、春海は文字通り「一生懸命」に、改暦に邁進する。その姿を、そのありようを、本書を読了したあなたは「しょうもない」と切り捨てるだろうか? 私には分からないことであるが。

本書は人気を博し、2012年に実写映画化された。監督は『おくりびと』の滝田洋二郎が、主演は後(2017年)に夫婦となる岡田准一と宮崎あおいがそれぞれ務めた。

作品情報

・著者:冲方丁
・発行:角川書店





 

『蟹工船』
その結末に小林多喜二は何を託したのか

『宮本武蔵』
吉川英治が叙したバガボンド