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『てのひらのメモ』
謎解きだけがミステリーじゃないんです!

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小説で事件を取り扱うとなれば、私立探偵か刑事、あるいは検察官や弁護人を主軸においたミステリーが定番だろう。しかし、2000年代に日本に上陸した「裁判員制度」は、それ自体の是非はともかくとして、一般人である我々が現実に事件を取り扱う機会をもたらした。つまり、法廷で裁判員を主軸にしたミステリーというジャンルが生まれてしかるべきなのだ。

「六法全書を読むと心が落ち着く」と公言してはばからないミステリー作家・夏樹静子が2009年に上梓した『てのひらのメモ』は、その裁判員裁判ミステリーのひとつ。著者については、ご存知『Wの悲劇』や『弁護士 朝吹里矢子』シリーズなどで、ミステリーにおけるその文章力と構成力は証明済み。そして謎を解いたり犯人を捜し出したりするのではなく、むしろ犯人をどうするかを重点的に表した本作は、司法の矛盾や裁判員の苦悩を生々しく我々に伝える。


主人公は補充裁判員として裁判に参加することになった折川福実。57歳の、何処にでもいそうな専業主婦だ。すでに彼女の2人の子供はそれぞれ独立し、大学で哲学を教える夫と2人暮らしの身。そんな折川が担当することになった事件の被告は、広告代理店に勤める37歳のシングル・マザー、種本千晶だった。

種本には一人息子がいたが、喘息をこじらせ、6歳で死亡。彼女は、検察から保護責任者遺棄致死罪で、つまり保護者の責任を全うせずに息子を死なせたとして、起訴されていた。聞くと、その日の種本は重要な会議に出席、その会議が長引いたので、息子にかかりっきりという訳にはいかなかったという。裁判員に選ばれた6人と、補充裁判員である折川は、いかに種本を裁くべきか悩んだが、実はその日、種本は確かに会議には出たが、その後交際相手である既婚者の男性とデートしていたことが明らかになり、さらに死んだ息子にも重要な秘密があった・・・

この事件の内容は別に特別ではなく、どこででも起こり得る話であって、その審理に実際に関わるのはあなたかも知れない、と差し迫る。ある意味、究極のサスペンスといえるだろう。そして種本をどのように処するべきなのか。それは正解のないミステリーのようなものではないだろうか。


作品情報

・作者: 夏樹静子
・発行: 文藝春秋(2009年)







 

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