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『ズッコケ中年三人組』
平成後期を生きる、40代の「ズッコケ三人組」

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那須正幹(1942-)は広島県生まれ。サラリーマンを続けながら30歳で児童文学の作家としてデビューした。その後、35歳のときに『ズッコケ三人組』が単行本になり、好評を博した。ありふれた小学六年生の三人組を主人公にした同作品はシリーズ化され、那須の代表作になるほどの知名度とセールスを誇った。しかし那須は、シリーズ末期には自身の中の「子供のイメージ」と現実の子供たちとの間に乖離を感じていたらしく、同シリーズは2004年で幕を閉じた。

シリーズ終了の翌年、2005年12月、古参の読者や版元からのアンコール要望を受け、那須は『ズッコケ中年三人組』を上梓する。最初の単行本が出たのは1978年。この時点で主人公たちが小学六年生だったとすれば、2006年には、彼らは四十路に差しかかることになる。じゃあ39歳から40歳になった三人組を書こう。かくして『ズッコケ中年三人組』は、一度きりの特別編として上梓された。

主人公は小学生時代と変わらない。ハチベエ(八谷良平)とハカセ(山中正太郎)にモーちゃん(奥田三吉)を加えた三人組である。ただし、そこには加齢や時流に伴う変化が当然ながら加味されている。三人組は小学校卒業後、疎遠になっていたらしいし、三人中二人は既婚者で子供もいる。

昭和の時代には八百屋を営んでいた八谷家は、ハチベエの代になって八百屋を閉め、大手コンビニのチェーン傘下に入り、39歳のハチベエはそこの店主を務めている。若くに結婚した彼にとって妻はすでに古女房で、子供二人ももう手がかからない歳になっている。毎日は単調に流れ、それを疑う理由もない。彼は飲み屋で知り合った女に気炎万丈、熱を上げる━━要するに「街の女」と浮気しているわけである。

ハカセこと山中は順調に学歴を重ねたものの、学芸員になることを諦め、地元の中学校教師に落ち着いた。ただ、彼の受け持ちのクラスは学級崩壊の様相を見せており、教師としての彼の評価は決して高くない。はっきり言えば、周囲からは「問題教師」の烙印を押されている。現場はストレスフルで、定年前で辞職する同僚も何人かいる。このまま教師を続けるかどうか。40歳の山中はそういう岐路に立ち尽くしていた。

モーちゃん(奥田三吉)は地元を離れ、大阪で働いていた。そして年下の女性と知り合い、さして問題もなく結婚し、娘をもうけた。しかし21世紀初頭の日本は不景気である。株価は平気で1万円台を割り、失業率は悪化を続けた。実に何百万という人が失業したわけだが、彼もその一人になっていた。大阪の彼の職場は倒産し、やむなく地元の母親の家に一家で身を寄せることになる。彼はフリーターとしてレンタルビデオ店で働いているが、妻にしてみれば不安なのだろう。彼女は娘を連れて一時的に大阪へ帰省するが、何かと理由をつけて奥田のもとへ帰ってこない。

三人組のいずれも「ありふれた話」である。そんなありふれた三人組が、何の因果か、再会し、物語を紡いでいく。果たして『中年三人組』は人気を博し、シリーズ化を希望する声が多く寄せられたという。翌年、主人公たちが実際に1年歳を重ねた『ズッコケ中年三人組age41』が刊行━━物語はハチベエが知り合いの医者に健康診断を受ける所から始まる━━、以降は毎年、年末になると『中年三人組』の新作が本屋に並ぶことになった。五十路を迎える三人組の物語『ズッコケ熟年三人組』(2015)までシリーズは続き、三人組は現実と連動して歳を重ねたのである。

『ズッコケ三人組』に馴染みがあるのは、おそらく80年代~00年代前半に小学生だった人たちだろう(それ以外の世代にも読者はいるだろうが、「主に」というところで)。私もその一人で、学校の図書室で『ズッコケ』を読んだ記憶がある。最初に読んだのは、たしか、無人島に三人組が流れ着いた話だった。やがて、長じるにつれ『ズッコケ』を卒業した私は、2005年には21歳になっていた。大学卒業は目の前で、後は社会人になるだけ。そんなタイミングで『中年三人組』に(書店のかたすみで)出会ったわけである。

懐かしかったし嬉しかった。しかし戸惑った、というのが正直な感想だった。私の中で『ズッコケ』は文字通り小学生三人組の話で、それがいきなり四十路になって眼前に現れた。しかも、幸せとか順風満帆とはおせじにも言いがたい恰好で。二十歳過ぎの青年がそれに戸惑うのは、ある意味で不思議ではないと思う。

それでも、物語に吸い込まれるように夢中でぐいぐいと読んだ。そして続刊を毎年楽しみに待ちわびた。登場人物たちと一緒に歳を重ねていける。それを確認することが、私の年末の楽しみの一つだった。今思えば、それは凄く幸せなことだったのかもしれない。

作品情報

・著者:那須正幹
・発行:ポプラ社





 

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