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■ 3月31日から4月29日にかけて、「文房具」をフィーチャーします。







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卑弥呼
婦人の足元を長く支えてきて

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卑弥呼。ああ、あれだろ。三世紀序盤に邪馬台国をおさめていた女王様。昔、歴史の授業で習ったよ。男性の多くは、卑弥呼と聞けば十中八九そう反応するだろう。もちろんそれで間違っていないのだが、今回取り上げる卑弥呼はそれではない。

するとあれか。往年のAV女優の卑弥呼か。いや、確かにそういうAV女優がいたことは事実であるが(今も活動されているのかもしれないが)、それでもない。私が今回言う「卑弥呼」とは、女性向けの靴のブランドのことである。だから、男性の大多数が「そんなブランド知らないんですけど」と感じても、一向に不自然ではない。まぁ女友達や伴侶の買い物に付き合って、それでこのブランドを知っているという男性もいるかもしれないが。



HIMIKO パンチングレザーソフトローファー
ヒール高:2 cm/素材:牛革
税込26,400円(2025年3月時点)

女性向けのブランドを、なぜ男性である私が知っているのか。そしてなぜ今回取り上げるのか。そういう疑問とてないではないだろうが、そこを詳述すると長く退屈な話になりかねないのでやめておく。

と、かようにもったいぶった断りを入れていることからご賢察のように、このブランドに対する個人的な思い入れは、私はさしあたり持ち合わせていない。そりゃあそうだろう。女性向けの靴なんだから。私には女装癖もないし、変にフェミニズムに傾倒して「女性をとことん理解しよう」と思い込んでいるでもない。翻して言えば、本稿は第三者的な客観性に基づいて叙される可能性が、かなり高いということである。

前置きがぐだぐだ長くなってすまない。本題に入ろう。

この「卑弥呼」というブランドは、諸賢が学校の社会科で出合う歴史上の人物とはもちろん関係がない。彼らの創業は一九七三年。株式会社として正式に登記されたのが、そこから三年ほどが過ぎた一九七六年である。つまり邪馬台国とは全く無縁に、戦後の第二次ベビーブーム(いわゆる「団塊ジュニア世代」が生まれた時代)と並行して誕生した婦人靴ブランドだということである。

そんな時代になぜ「卑弥呼」なのか。あくまで私なりの推量だが、当時の日本人は全体的に「歴史に対する関心」を今以上に持ち合わせていた。だからではなかろうかと思って話を進める。



HIMIKO スクエアトゥメタルプレートヒールパンプス
ヒール高:4 cm/素材:本革
税込24,200円(2025年3月時点)

現代、つまり二〇二〇年代に生きる日本人が最も関心を寄せるのは、おそらくスマホに映し出される世界であろう。サイバー空間と別言してもいい。手元のスマホのディスプレイ上にぽんぽんと映されるアプリやゲームの世界。多くの人が昼夜を問わずそこに淫している。電車に乗れば、あるいは駐車場でクルマの中にいる人、休憩所にいる人などを一瞥すれば一目瞭然であろう。老若男女を問わず、彼らの九割以上はスマホを見ているはずである。

それが良いのか悪いのか、本稿では問わない。取り敢えず、現実的にそうですよねと言うだけである。しかし七〇年代の日本にはスマホがないし、インターネットもパソコンもフロッピー・ディスクも普及していない。企業にOA化の波が押し寄せたのも、総じて言えば八〇年代に入ってからである。七〇年代の日本人が没入するサイバー空間というと、せいぜい喫茶店やゲーム・センターに設置されたアーケード・ゲームを通してのものくらいである。

七〇年代。高度経済成長を過ぎて、日本人は概して豊かになっていた。食べるために働いて、その日をなんとか凌がなくてはならないという苦境は、全体的には脱している。人々はクルマを持ち、マイホームを持ち、たまの休みに旅行をするなどを当たり前にしていた。そこでは(現代と同じように)つまらない日常から離脱して空想的な世界に浸りたいという欲望が、人々の間で一般的になる。つまり「文化」が必要になってくるのである。だからこの時代にアニメやゲーム、漫画、ポピュラー音楽などのサブカルチャーは興隆期を迎える。

ただし、この時代はまだ「教養主義」が全体に根付いていた時代でもあった。サブカルは所詮「下位文化」や「若者文化」でしかなくて、いい大人が嗜むものではない。そういう風潮があって、そこで折衷案としてか何なのか、漫画で歴史を語るというムーヴメントが起きる。手塚治虫が『ブッダ』を描くかたわら、横山光輝は『三国志』を、藤子不二雄は『T・Pぼん』を描き、それぞれに人気を博した。少女漫画の世界でも、池田理代子が描いた『ベルサイユのばら』が大当たりして、ベルばらブームが起きたことは有名であろう。

つまり漫画による一種の「歴史ブーム」みたいなものが当時の世相にあって、それで「卑弥呼」なのかなと愚考するわけである。



HIMIKO パンチングレザーメリージェーンパンプス
ヒール高:2 cm/素材:牛革
税込26,400円(2025年3月時点)

かような時代から卑弥呼は婦人の生活を足元から支えてきた。そう言っていいだろうが、金融バブル崩壊後のファッション業界の宿命とでもいおうか、二十一世紀において彼らに安定はやってこない。二〇一〇年代、二〇年代と、彼らは他企業からの買収を受け、今日なんとか事業を継続している。

ここ何十年か、卑弥呼は婦人の生活を足元から支えてきた。そうは言っても、婦人の多くは自分の足元になど関心を寄せない。彼女達の多くが関心を寄せるのは(先述のように)スマホの世界である。カネをかけるなら、靴よりも通信費やスマホ代、あるいはネット上の「課金」にかけたい。つまり「自分が耽溺すべきスマホの世界」を保持する方向に私金を費やしたい。婦人の多くがそういう意向である以上、卑弥呼が苦戦を強いられたとしても、「そりゃそうなるだろう」というほかないではないか。

なお卑弥呼の靴の多くは日本製であるが、一部に中国製など他国製の品があることを、末尾ながら断っておく。

株式会社卑弥呼




 

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