こんにちは皆さん。今回取り上げるのは、奈良県のオリエンタルシューズ社が二〇一六年に創設した革靴のブランド「オリエンタル」です。

710 Moccasin boots #Black (FG-0710)
製法:セメント製法
税込63,800円(2025年10月時点)
まず個人的な話から始めます。実は━━というほどのことでもありませんが、若い時分、地元の会社にサラリーマン(給与生活者)として勤めていたことがあります。西暦でいうと、だいたい〇〇年代後半。国政では与党である自民党が、誰が総裁になっても「もうダメだ」感しか打ち出せなくなってしまい、首相が一年ごとにころころ替わった時期でした。それでやがては民主党(当時)への政権交代にも至るわけですが、経済面でも結構な難局がありました。アメリカ発のリーマンショックが海を隔てた日本にまで波及して、景気がより悪化したのです。社会保険庁は年金がらみの不祥事を次々に露わにし、遂には解体されましたし、新型インフルエンザも全国的に流行しました。かように不穏でカオティックな時代であったわけですが、もしかしたらそれは今もそんなに変わらないかもしれません。
畢竟、私はサラリーマンを辞めて久しいのですが、そういう身の上であるからなのか、革靴とは縁遠い日常を過ごしています。サラリーマン時代は、革靴を履くのが当たり前でした。朝、家を出る時はがしがしと靴ベラを使って革靴を履き、終業後に帰宅したらまず革靴を脱ぐ。それが当時のルーティンでした。それが一転、今では履くのは専らスニーカーです。冠婚葬祭の折はともかく、少なくとも日常においては、革靴なんてあんな足に悪いもん履きたくない。そう思ってヒマラヤ(スポーツ用品チェーン)あたりで靴を物色する自分がいるわけです。
それを「困ったもんだ」と言うつもりもありませんが、かといってこのままスニーカーしか履かずに人生の残り時間を過ごすのも、いささか偏向的に過ぎるというか、曲がないかもなぁと思います。そこで「じゃあ今はどういう革靴があるんだろ」と思って、今回の「オリエンタル」なのです。うわぉ。
マクラが長くなりましたが、そもそもオリエンタルシューズ社とはどういう会社なのでしょうか。

012 plain toe Cordovan #Dark oak (FG-3032)
製法:グッドイヤーウェルト製法
税込104,500円(2025年10月時点)
同社の創業は一九四七年八月。戦争が終って間もない、と言っていい頃です。タイミング的には、ちょうど団塊の世代と同時的に生まれた会社ということになりますが、ということは(もちろん)戦後ではなく戦前に生まれた人が創業したということです。ファウンダーの名前は松本常雄。彼が派兵先だった東南アジアのビルマ国(今でいうミャンマー)から帰国して、靴づくりを始めた。これがオリエンタルシューズ社の起源になります。当時は戦後の混乱期でしたから、商売を始めるというのも、今よりわりと手軽なことだったろうなと愚考します。町の中華料理屋が「冷し中華始めました」と打ち出すように、気軽にスタートできたのではないかなと。
ただ、商売を始める手続きがどうであれ、彼が靴づくりを営み始めた動機にはシリアスなものがあったようです。
心ならずも(だったと思いますよ、想像ですけど)送り込まれた戦場。そこで彼が見たものは、靴がないために自分と同じ兵士が落命する様子でした。無理もありません。ビルマの気候は熱帯モンスーン。一年のうち、半分近くは雨季です。かの地でたとえば軍靴が破れたとかで裸足で歩いていれば、地面のでこぼこで足に傷を負って膿むことは十分考えられる。お世辞にも衛生的に良いとは思えません。戦地ですから、傷を負ったら病院とかドラッグストアに行けばいいとはなりませんが、軍医とかいなかったのか? 多分いなかったか、いても機能してなかったでしょうね。ビルマ戦線といえば、大日本帝国軍の司令部が我が身可愛さに逃避して、司令系統が混乱を極めたことで有名ですから。
「戦争で死んだ戦死者となると、銃や大砲で撃たれたとか、ゲリラに暴力的に殺されたとかだろう」と思われている方も多いでしょうが、日中戦争や太平洋戦争において大日本帝国軍の兵士が命を落とした原因の最たるものは、餓死や病死でした。つまり日本の敗因は、もちろん軍事力や経済力の差もありましたが、なにより「軍隊の運営手法がお粗末過ぎて、勝手に自滅した」なのです。ちなみにこのビルマ戦線で司令官を務めた木村兵太郎は、戦後「A級戦犯」と断定され、松本が製靴業を始めた翌年=一九四八年に、死刑に処されました。そりゃまぁそうでしょうね。
戦後、帰国した松本は、ビルマ戦線でのトラウマから(と目するのが妥当だと思います)良質な靴をつくることで社会に貢献したいと考えたそうです。今では松本の末裔が同社を経営していて、先述のように二〇一六年、彼らの基本であり中核である革靴のブランドとして、「オリエンタル」が作られました。
オリエンタルは英語で「東洋的」を意味する形容詞です。海に面していない、いわゆる「海なし県」の奈良にはいささか似つかわしくない単語かもしれませんが、上述の松本の経験を鑑みると、彼らの社名やこのブランド名にも得心が行くのではないでしょうか。なにしろ彼らの靴づくりは、二十世紀前半の東南アジアの惨劇から始まったと言えるわけですから。