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さっぽろ雪まつり
またはデモクラシーの興亡・北国篇

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皆さん、こんにちは。もうすっかり寒くなってきましたね。本稿を書いている現在は2021年11月後半です。私が暮らす北大阪も、朝晩は摂氏5度とか4度をマークするようになりました。いったいどこが「温暖化」なんだと文句を言いたくもなりますが、言ったところで寒いことに変わりはありません。皆さんもそれぞれお身体ご自愛ください。

さてしかし、寒くなったからといって、皆が皆、屋内に引きこもって暖をとるとは限りませんよね。冷たい風がびゅうびゅう吹く屋外での催しに、敢えて出かける人もいると思います。アクティヴというのか、落ち着きがないというのか、まぁ人はそれぞれです。で、そういう「冬でも外出」派の中には、今回のお題目である「さっぽろ雪まつり」に出かけるという人もいらっしゃるのではないでしょうか。そう愚考しています。

「さっぽろ雪まつり」とは読んで字の如くです。北海道の商業的中心地である札幌で毎年2月上旬に催される、雪でつくられた像(いわゆる雪像)をフィーチャーしたお祭りです。



2007年のさっぽろ雪まつりの様子(夜)
File: SapporoFestival6.JPG
from the Japanese Wikipedia
(撮影:2007年2月2日)

初めて催されたのが戦後間もない1950年。以来、そのありようについてはいくつもの変更点がありましたが、取り敢えず「札幌市内の会場に大小の雪像がいくつも展示されて、観客がそれらを観て回るイヴェント」であることには変わりがありません。

ちなみにここ最近は、大通公園、すすきの、札幌コミュニティドームの3か所を会場としていましたが、2021年は、新型コロナウイルス感染症のアウトブレイクを受け、例外的に現地に人を入れずオンラインのみでの開催となりました。2022年は、会場を大通公園のみにして開催する方向で調整が進んでいるとのことです。



大通公園会場
File: Odori Park Sapporo Snow Festival 2007.JPG
from the Japanese Wikipedia
(撮影:2007年2月12日)

この「さっぽろ雪まつり」、今でこそ札幌市を代表すると言って過言ではないくらい、大規模なイヴェントになっていますが、初めて開催された1950年当時はどうだったのでしょうか?

1945年、日本は太平洋戦争において敗北を喫し、戦勝国で組織された連合国軍の管理下に置かれます。連合国と言っても、実質的に日本を支配していたのは、海外から「戦争屋」と呼ばれていたダグラス・マッカーサーをトップとするアメリカ軍でした。日本では敗戦まで、帝国主義や父権制などのイデオロギーが支配的でしたが、アメリカはそこへ「そういうものはもう時代遅れだ、これからは民主主義の時代だ」と言って、民主主義をもたらします。

ただ、アメリカから一方的にもたらされても、市井の人々には「民主主義とは何なのか」がよく分かりません。別に自分達で市民団体を組織して悪い皇帝を追い払って民主主義の体制を勝ち取ったわけではなくて、上意下達的に「これからは民主主義だよ」と言われただけですから、大多数はポカンと口を開けて「はぁ、そういうもんでっか」だったでしょう。

「よく分かんないけど、でもお上(アメリカ)がそう言うんだから、そうなんだろうな」で、日本人はそれぞれに民主主義的なものを模索します。だから、戦後間もない頃の新しい家庭では、やたらと「家族会議」があったと仄聞します。議題は、他愛のないことばかりです。たとえば「今年の大掃除は誰がどこを担当するか」とか「今度の休みの旅行先はどこがいいか」など。親が一方的に子供達に何かを押し付けるのではなく、メンバーみんなで話し合って総意を形成しよう。それが民主主義的なんじゃないか。戦中派の父親や母親にはそう考えた人が多かったのでしょうね。真面目で健気だと思います。

それが雪まつりとどう結びつくのか?

札幌の雪まつりも、最初は地元の中高生がつくった雪像の展示がメインだったといいます。北海道北部に位置する札幌の積雪量は、今も昔もハンパなくて、冬場は雪かきが欠かせません。大通公園はもともと雪かきで集めた雪を捨てる広場として使われていたのですが、その雪を使って何か面白いことはできないかと考えた。それが「さっぽろ雪まつり」の始まりなのです。

1950年代、人々は民主主義的なるものを模索していました。だから地域の教育委員会や広告代理店が「どこそこの学生はこういう雪像をつくれ」と指令を下すのではなく、学生や教師が主体となっての雪像づくりが行われ、それがメイン展示物になった。そうなのだと思います。少なくとも形式上は、当時の学生や教師は「祭りの主役」として遇されていたのではないかと。

近年の「さっぽろ雪まつり」では、企業や団体のPR用につくられた雪像が増える一方で、一般人がつくる雪像の設置スペースは(応募数は結構あり、抽選率は高いにもかかわらず)減らされる傾向にあるといいます。現今、言われることの多い「民主主義の危機」ですが、札幌では「ビジネスが民主主義を駆逐する」なのかも知れません。





 

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