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■ 3月31日から4月29日にかけて、「日本のお菓子」をフィーチャーします。







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ベビースターラーメン
同じかりかりするならば

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只今二〇二六年三月下旬。世界情勢は以前にも増して混沌とした様相を呈している。海外だけの話ではない。国内もしかりである。たとえば経済面では、インフレ(物価の全体的上昇)は仕方ないにしても、それに対応する形で賃金が上がっていないから、市井の暮らしには厳しい状況が続いている。日本企業のダメさがモロに露呈しているといおうか。ちなみに滋賀県大津市では幼稚園の教員の賃下げが検討されていると仄聞した。財政上やむを得ないとかいろいろあるのかもしれないが、それでも市議会議員の賃上げは即決されているから、つくづく「なんだかなぁ」と思う。

とはいえ、こういう時はかりかりしても仕方ない。全国的に気温が上がって、桜も満開が近い時分である。同じかりかりするなら、お菓子をかりかり食べてうっかりすると沈みそうな気持ちを宥めるのもアリではないか。お菓子も全体的に値上がりしているし、食べ過ぎはもちろんよろしくないけれども。という所で、本日のお題はおやつカンパニーの「ベビースターラーメン」である。

ベビースターラーメン。食べたことはおありだろうか? いや、お菓子売り場でこのお菓子が今も売られているのは知っているし、個人的には少年期に食べたことはあるのだけど、ここ十年くらいあのお菓子を食べている人を見たことは、そういえばないなと思ったので。

ということは、当世の世間ではベビースターラーメンは昔に比べてマイナーなのかもしれない。分からない。でもそれならそれで、本稿のような「ベビースターラーメンとは何か」を語る記事の有用性もそれなりにあるのではないかと思って、本題に移る。

ベビースターラーメンとはどんなお菓子か? 分類としては「スナック菓子」ということになるのだろうか。簡単に言えば、チキンラーメン(日清食品)をそのまま(つまりお湯をかけずに)食べる感じの、固形のお菓子である。乾燥麺とスナック菓子の中間点と言っていいかもしれない。

一九五八年、まだ戦争の爪痕が社会のあちこちに残っている時代である。この年の八月二十五日、日清食品の前身会社=サンシー殖産が、チキンラーメンの販売を始める。当時の販売価格は三十五円。大卒の初任給が一万三千いくらという時代だから、なかなかの高級品として世に出たことになる。それでも、この発売を記念して八月二十五日が「即席ラーメン記念日」と定められたくらいに、チキンラーメンは一世を風靡した。

が、乾燥麺(即席麵)を作る原理や技術そのものは、日清食品が独占的に有していたものではない。同社が「即席ラーメンの製造法」として特許を取得するのは一九六三年である。つまり何だというと、五〇年代後半の時点では、即席麺を同時並行的に開発している他社があっても一向におかしくないのである。SNSやインターネットはないし、テレビさえない家庭も珍しくなかった時代である。人々が享受できる情報量は、今より遥かに少なかった。だから「日清食品と同じような商品を開発する会社」があって、彼らがお互いにそのことを把握していなかったとしても、全く不自然ではない。

一九四八年、三重県で松田産業有限会社が創業する。同社がのちの一九九三年に「おやつカンパニー」へと改名するわけだが、この松田産業が一九五五年、油で揚げた即席麵を開発している。日清食品よりも早いわけだが、この商品は商業的には成功しなかった。ただし捨てる神あればなんとやらで、製造過程で生じる味が付いた乾燥麺のかけらを従業員がおやつに食べたところ、「これ、美味しいんちゃうん?」となって、それが一九五九年に十円で商品化された。この「ベビーラーメン」がヒットし、七三年には「ベビースターラーメン」に改称されたという次第である。味は一種類ではなく、地域や時代によってさまざまなテイストの商品が展開されている。

ここまでの話でご了解のように、戦後の日本ではインフレが当たり前だった。それが問題にならなかったのは、賃金も並行して上がっていたからである。ところが世紀末の九〇年代半ばに至って、日本企業は何を考えたのか、組織的に「物価を据えおく代わりに賃金も上げないようにしよう」という方向に傾く。九五年時点で日本の賃金は、スイスに次ぐ世界第二位の高さだったから、数年前のバブル崩壊でダメージを受けた経済界が畏縮したなどがあったのかもしれない。ともあれこれが常態化し、二〇〇二年には、トヨタが一兆円超の利益を出しながら賃金のベースアップをしない、いわゆる「トヨタ・ショック」を現出する。これが決定打になったのだろう、国内では「名目賃金を上げない」が長らく当たり前になってしまった。

世界的には年二パーセント程度のインフレが当たり前だという。その中で日本だけが「価格も上げない、賃金も上げない」を何十年も執拗にやっていたら、国力は相対的に衰退していくし、企業競争力もだんだん衰える。九〇年代前半には「不沈空母」とまで言われた日本経済は、今や見る影もない。「失われた三十年」と言われる所以である。

おやつカンパニーもその衰退とは無縁ではいられない。二十一世紀に入って、ベビースターラーメンの値段はさほど変わらないまま、内容量が三十五グラムから三十グラム、二十三グラムと、段階的に減らされた。いわゆるステルス値上げである。また二〇一〇年代半ばには、同社がアメリカの投資ファンドと「資本提携」するとの旨も発表された。

個人的にベビースターラーメンを最後に食べたのは、十代の頃だったと思う。九〇年代後半か、〇〇年代前半。お椀にほかほかのご飯を盛りつけて、そこにマヨネーズをちょちょいとかけ、チキン味のベビースターラーメンをまぶして食べた。ジャンクな食べ方であるが、たしか漫画に影響されてそうしたのだと記憶している。『オー!マイ・コンブ』だったかな?

おやつカンパニー(-^〇^-)/




 

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