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■ 1月31日から2月28日にかけて、少年漫画をフィーチャーいたします。







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チョコビ
東ハト×『クレヨンしんちゃん』

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先生(以下、S):本日のお題はチョコビですね。今回もアシスタント(=A)と一緒にやっていきたいと思います。久し振りですね、こういう形式もね。

A:そうですね。結構何年か間が空いたというか。そういえばコロナ禍とか、大丈夫だったんですか、先生?

S:ありがとう。まぁ流行していた頃はね、コロナにかかったけど、今は特に後遺症もないし大丈夫じゃないかな。フレイルとかにも、多分なってないし。Frail is the world♪

A:懐メロはいいから本題に入りましょう、先生。

S:本屋で売っているのは何? 本だい、なんてね。

A:足踏まれますよ。えーと、チョコビってもともと『クレヨンしんちゃん』に出てくるお菓子だったんですよね。主人公の幼稚園児=野原しんのすけが、何かあるごとに母親のみさえに、このお菓子をねだります。たしか原作だと、しんのすけが好きだったお菓子って、「コアラのマーチ」じゃなかったかなと思うんですけど、いつの間にかチョコビになったみたいですね、先生。


S:今思うと、コアラのマーチのまんま行っていた方が、ロッテとクレしんの双方にウィン-ウィンだったんじゃないかって気もするけど。まぁ九〇年代のクレしんって、子供向けの下品なアニメってイメージが強くあったからなぁ。今世紀に入ってからは「友情と家族愛に溢れたファミリー向けコンテンツ」にキャラ変してったけど。もともとは「大人と子供のギャップ」をユーモラスにデフォルメした作品だと思うんだけどね。

A:だから古参のファンには、最近のクレしんはポリコレ重視でつまらないと慨嘆する人もいるみたいですよ、先生。

S:子供向けアニメに「古参」がいること自体、どうなのって気もするけど。

A:で、クレしんがアニメ化された翌年の一九九三年、コアラのマーチの販売元であるロッテから「チョコビ」が出ます。これはピーナッツ・チョコだったみたいで、発売から一年も経たない内に売上二十億円以上のヒットを記録したとのことです。今では販売終了している「時代の徒花」なお菓子だったらしいんですけど、今(二〇二三年)から三十年前かぁ。結構な昔ですけど、記憶にありますか、先生?

S:ない。子供いないから、児童向けのお菓子とか漫画が視野に入ってこない感じだったんだよね。今みたいにネットもなかったし。パソコン通信はあったけど、当時のアスキーネットはまだ電子メールのサービスもなかったって記憶がある。当時なんてウィンテル系のパソコンはMS-DOSだよ? 知らないでしょ。今みたいにGUIじゃなかったんだから。専用のコマンドをいちいちキーで打ち込まないと動かなかったの。

A:三十年前のIT用語が今では意味不明ということだけは分かりますが、その後、二十一世紀に入って二〇〇六年三月、東ハトからチョコビが出ました。チョコレート・スナックとでも言うのかなというお菓子ですが、これが現行のチョコビですね、先生。


S:ここをちょっと説明しますと、東ハトってお菓子の会社というイメージが強いと思いますけど、バブル崩壊の前後って、それなりの大きさの会社の多くが、やたら無節操に多角化するという病に罹患したんですよ。何が何でも経済成長し続けなくちゃってバイアスが強くて、副業で飲食店経営を始めたり不動産や保険事業に乗り出したりね。東ハトもそのクチで、本業とは無関係にゴルフ場開発を始めて、もちろん失敗するんです。二〇〇三年三月、彼らは数百億円の負債を抱えて倒産する。そこから再建するわけですけど、そこで手を貸した会社の中に、ポップ・カルチャー事業に意欲的なバンダイがあった。だから二〇〇六年に「東ハトからチョコビ」なのかなと思います。

A:東ハトは、一旦倒産するまではみどり会に入っていましたからね。みどり会は、江崎グリコとか大林組、サントリーなんかが加盟している企業グループですけど、そういう所に入っていると、お互いに持ちつ持たれつ協力し合って発展して行こうみたいな馴れ合いと無縁でいられないとも思うんですよ。そういう付き合いの中で、ゴルフ場開発に「乗り出さざるを得ない」空気もあったんじゃないですかね、先生。

S:あったかも知れないね。二十一世紀は、もうそういう「大きいもの」って時代遅れだよねという時代だと思うけど、東ハトの来歴はそれを象徴しているようでもある。チョコビをリリースした四ヶ月後には、彼らは山崎製パンの子会社になるわけだけど、食品事業に集中できているという点ではラッキーなんじゃないかと思うよ。





 

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