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■ 3月31日から4月29日にかけて、時計をフィーチャーいたします。







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チューペット
細長い円筒形のポリエチレン容器に入った清涼飲料

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こんにちは。本日のお題は、今はもう作られていない「チューペット」です。なつかしいですね。もちろん、なんじゃそりゃ? と訝る人もいるだろうとは思います。果たしてチューペットが全国的かつ普遍的なものだったかどうか、確証が持てないからです。そんなわけで、本稿ではまず、「チューペットとはなんぞや」という所から話を始めます。

舞台は、私が生まれ育った大阪府です。

1945年、日本は太平洋戦争において降伏し、ぼろぼろになって終戦を迎えました。敗戦です。その2年後の1947年、復興途上にあった大阪市内で、前田産業株式会社という食品会社が設立されました。資本金は100万円。今でも大金ですが、当時においてはもっと大金です。終戦当時の物価は平成後期のだいたい100分の1くらいと言われていますから、現在の価値に換算すると、「資本金1億円」で設立されたことになります。



空襲を受けた後の京橋駅(大阪)

出典:Kyobashi Station Osaka in 1946.jpg
from the Japanese Wikipedia
(撮影:1946年6月)


言うまでもなく、この前田産業がチューペットを世に送り出します。ただし、それは高度経済成長も過ぎてオイル・ショックも一段落した1970年代半ばのことです。

その間の1950年代、同社は乳酸菌飲料「ミルトン」を発売します。前述のように同社は食品会社で、このミルトンは結構ポピュラーだったといいます。私にしても、この商品名は「そういえばなんとなく聞き覚えがあるな」です。だから、チューペットが世に出た1970年代には、少なくとも関西では「前田産業=ミルトン」のイメージが、それなりに深く浸透していたのではないかと思います。ちなみに「あたり前田のクラッカー」で知られる前田製菓も大阪の会社ですが、前田産業とは関係ありません。

話は1970年代に移ります。関西で「ミルトンの前田産業」の知名度を得た同社は、その勢いに乗ってチューペットを発売。このチューペットとは何かといいますと、副題のとおり、「細長い円筒形のポリエチレン容器に詰められた清涼飲料」です。それを冷凍庫で凍らせてアイスにして、容器の先端を切ってそこからチューチュー吸うようにして食べます。地方によっては「棒アイス」などとも呼ばれているそうです(個人的には「棒アイスだとアイスキャンデーのことを指すっぽくない?」と思いますが)。

チューペットは巷間で人気を博し、1980年代には一般家庭に「夏のマストアイテム」として浸透しました。80年代とか90年代には、家庭の冷蔵庫の上に凍らせる前のチューペットが平積みされているといった光景が珍しくないものとなりました。それが夏の終わり頃だったりすると、家の誰かが「あんなに買い置きしてどうすんの、あんなに食べないでしょ」と文句を言ったりしたものです。ありましたね、そういうの。

かような穏やかな時代も、そう長くは続きません。21世紀になってしばらくした2009年、前田産業はチューペットの生産を断念すると発表します。理由は、同製品に弱毒性のカビが混入していることが発覚し、既存の生産ラインではこのカビの混入を防ぐのが困難だからということでした。

それは仕方ないけど、設備投資をして、新しい生産ラインを確立させれば済むことじゃないのか? 理論的にはそうです。でもそれをするには時代が悪すぎました。前世紀末のバブル崩壊以降の長期的な不況に加え、前2008年にはリーマン・ショックも生じています。大阪の小さな食品会社に過ぎない前田産業には、財政的な余力はなかったでしょう。チューペット生産を断念するより他に選択肢は、事実上ない。そういうことだったと思います。

一方、このニュースは「前田産業にはお客のために頑張ろうというだけの力がもうない」をも意味しました。だからというのでもないでしょうが、5年後の2014年、同社は飲料事業からも撤退する意向を発表します。これにより、1950年代から親しまれてきたミルトンも姿を消しました。



アダチ製菓(岐阜県)によるポリエチレン詰清涼飲料

出典:Polyethylene-packed juice.jpg
from the Japanese Wikipedia
(撮影:2021年8月8日)


現在、いくつかの会社が、チューペットの類似商品を出してはいます。それはそれでいいのですが、でもそれは(当たり前ですが)チューペットではありません。弁護士の橋下徹が大阪府知事になり、維新の会による大阪府政が実質的に幕を開けたのが2008年。以来、維新の会は「大阪の経済成長」を言い立ててきましたが、そんなもの果たしてあったんでしょうかね?






 

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